第二十五話 行列
地図で見た場所は、今の移動集落から西南西の方角にあった。
だが、方位磁石もなしに正確にそちらを目指すのは難しい。
二人と一匹は西の三つ子山と南東に見えるカユツの尖塔を目印に、位置を確認しながら目的地を目指した。
二時間ほど歩いたところで昨日の焼け落ちた集落を見つけ、腰をかがめて迂回するも、しかし、これが良くなかったらしい。
そうして進んだ先で、別の焼け落ちた集落を発見したのだが、周りを見渡したジェサーレが首をひねってセダに言う。
「ねえ、セダ。向かう方角がずれている気がするよ」
「え、本当に?」
「地図と比べると、三つ子山は少しずつ右手に見えるようになっていないといけないのに、まだ左手に見えるから。僕たち、どこかで真西に進んじゃったのかも知れない」
ジェサーレに言われてセダが三つ子山と尖塔の位置を確認し、地図を広げて指で線を描く。
「そうなると、今の位置は大体この辺りだから…、西に来すぎちゃったわね。エルマンさんが言っていた位置まで行くのには――」
「セダ、あれ」
そのとき、ジェサーレの眼に人が見えた。
それも一人ではなく何人もいて、遠目にも兵士がいることが分かる。中には馬に乗っている人間もいるようだ。
その行列が二人と一匹に気付いている様子は、今のところない。
「なにかしら……、もう少し近づいて観察してみましょう」
「そうだね。でも、見つからないように慎重に動こう」
二人は腰をかがめて、その行列に近づいていく。
幸い、この辺りの草は背が少し高いものが多く、体を低くしていると体がすっかり隠れ、見つかる可能性は低かった。
そうやって近づくにつれて、その行列にどのような人がいるのか分かってきた。
先頭には丸い帽子を被った老人が何人かいて、その後ろに槍や剣を持ったソルマ家の兵士が十人ほどいる。いずれも徒歩だ。
その後ろに馬に乗った兵士が一名と、金の糸で刺繍がされた草色のワンピースを着ている女性が一名。馬に乗っている兵士の兜には、鳥の羽根が飾られている。
先頭の老人たちの落ち着きがないことから、ジェサーレは只ならぬ気配を感じていた。
セダも表情が険しくなり、瞬きも惜しむように、その行列を眺めていた。
「この、いい加減なことを言うな!」
「いい加減じゃないわい」
「夕陽と山と湖を結んだところに草の海があるだなんて、そんな嘘をつくんじゃない!」
「儂らが秘密の場所に案内してやっていると言うのに、それを嘘呼ばわりするとは、ソルマ家も落ちたもんだな」
「くぅー、そんなことはどうでもいい! 早く案内しろ!」
ジェサーレとセダの視線の遠く先、行列の先頭では、チョバン族の老人たちと兵士たちが言い合いをしていた。
草の海を教えろと無理強いされた老人たちが、いやいや案内をしている最中なのだ。
老人たちは住まいのテントを燃やされて誘拐された上に、部外者には秘密の場所を案内しろと強迫されているのだから、当然、面白くない。
だから、こうしてたまに兵士たちをからかっていたのだが、何せ相手は集落に火を放つような暴力的な組織である。続けていれば、何をされるのか分かったものではない。
「お前ら、何をやっている」
再三の遅延行動に、捜索隊を率いる近衛隊長も痺れを切らし、馬に乗ったまま声をかけた。
「は! タネル様! こ奴らがわざとノロノロして、真面目に案内をしないのであります!」
「こ奴ら、だと。貴様、我々が無理を言って案内をお願いしているのを忘れたのか!」
予想外のタネルの叱責に、兵士は体をビクッと震わせたが、それはまだましなものだった。
「タネル、何があった?」
冷たい声がして、今度はタネルが小さく体を震わせた。
「キズミット様、なんでもありません。少々、揉めていただけです。本当になんでもありませんから」
「嘘を申すな。全部聞こえておったぞ」
キズミット・ソルマは馬上から皆を一通り見下ろし、先ほどの兵士に声をかける。
「そこの。生意気なチョバン族どもを殴れ」
「は!?」
「タネルに言うておるのではないわ。そこのお前に言っておる」
「は、え? しかし……」
言われた兵士はキズミットとタネルを交互に見て、すっかりと固まってしまっている。
「ええい! お前たちはそんなことも出来ぬのか!」
キズミットはそう言って馬を降り、恐ろしい剣幕で丸腰の老人を殴った。
訓練もしていないはずなのに、殴られた老人は痛い、痛いと叫んでうずくまっている。
キズミットは続けて別の老人を殴りつけ、「疾く、案内せよ」と吐き捨てるように言い、再び馬に乗って行列の中ほどへと戻っていった。
「もう我慢できない!」
その言葉はセダが言ったのかジェサーレが言ったのか、はたまた二人同時に言ったのか。
ジャナンを置き去りにして、二人は行列の先頭に駆け寄っていく。
「何者だ!」
それはすぐに兵士たちに気付かれて、ジェサーレには三人の兵士が向かってくる。
セダにはわざわざ馬を降りた近衛隊長タネルが立ち塞がったのだが、彼はわざとらしく剣を振り上げては、空振りを連発した。
「セダ様、早くお逃げください」
「タネル、そこをどきなさい」
タネルはどさくさに紛れてセダに逃げるよう提案するが、彼女はタネルの提案を聞く耳など持っていなかった。
それくらい怒っていたし、老人たちを助けたいと思っていた。
「ばら撒け、カリキ。奔れ、アストラピ」
三人の兵士に立ち塞がられたジェサーレは、珍しく人を傷つける魔法を使い、兵士たちを退けていく。
その様子を横目で見ていたタネルは、セダを逃がすのを諦め、今度は捕まえようと作戦を切り替えた。
だがそのとき、遠くからキズミットの声がした。
「射抜け、パゴドリイ」
魔法によって彼女の指先から放たれたそれは、大きな氷の槍だった。
先端は鋭くとがり、鎧を着ていない者に当たれば、ただのケガでは済まないだろう。
それが、セダとタネルにもの凄い速さで飛んできて、タネルはもうダメだと思った。
「ばら撒け、カリキ」
気付けば二人の前にジェサーレがいた。
いち早くキズミットの動きに気が付いていたのだろう。
カリキの魔法で無数の石の礫を生み出し、パゴドリイの氷の槍に当てていく。
しかし――
「ジェサーレ!」
セダが、叫んだ。




