第二十二話 おまじない三点セット
あれから二人と一匹は、セダが見当をつけた場所を三カ所ほど巡ってみたが、その三カ所すべてが焼き払われ、人の気配など、すっかり失われていた。
残っていたのは鼻に付く焦げたニオイと、かつてそこでチョバン族が暮らしていた名残だけ。
「ねえ、セダ。そろそろ休憩しよう。僕らずっと歩きっぱなしだよ?」
「……そうしましょう。そうね、ここだと目立つから離れましょう。ニオイも気になるし」
二人と一匹は、集落の焼け跡から離れ、今度はキャンプをする場所を探して歩いた。
その足取りは重く、テントを張るのに丁度良い場所はなかなか見つからない。
そうしているうちに、セダの顔色はどんどんと悪くなっていくように見えた。
「もう、ニオイもしない。この辺でテントを張ろうよ」
だからジェサーレは、草が生い茂っているところでも構わず、キャンプをすることに決めた。
ぼうっとしているセダに楽をさせてあげようと、一人でナイフを持ち、一生懸命に草を刈ってキャンプする場所を作っていく。
この草原には石が少ないから、フォマティフォの魔法をうまく調節して小さな土の焚火台をせっせと作り、その後でテントを張った。街道沿いにあるようなキャンプ地と比べれば見た目は悪いが、それでも一晩をしのげる出来になったことに、ジェサーレはひとまず安堵する。
セダもところどころ手伝ってはいたが、やはりいつもと比べれば動きが悪い。
ジェサーレは早めの就寝を提案したのだが――
「私、魔除けのおまじないをしようと思う」
セダの口からは別の提案がされたのだった。
唐突なおまじないの提案にジェサーレは戸惑ったが、よくよく考えてみれば、ボシ平原は自分たちを襲ってきたソルマ家の兵士がいるかも知れない場所である。
魔除けのおまじないで防げるものがあるのなら、やっておいた方がいいと考えて、彼は手伝いを申し出た。
「なにか必要なものってあるの? 僕、集めてくるよ」
「あ、大丈夫よ。いつも持ち歩いてるもので足りるから。えーとまずは、あ、魔法辞典を出さなきゃ」
リュックサックをゴソゴソとして魔法辞典を取り出し、ペラペラとページをめくる様子はいつも通りで、早めのキャンプを提案したジェサーレの顔は、やはりふにゃっとしている。それは焚火の光を下から浴びて、ややもすれば気味の悪い顔にも見えるが、セダもジェサーレも今さらそんなことを気にする事はない。
「あった。一つ目の材料はヨモギ。やっぱり足りるわね。それじゃジェサーレ、これを頭に乗せてね」
ジェサーレが枝分かれしたような葉っぱのヨモギを頭に載せたことを確認して、セダも同じように頭に乗せる。
そして両手をお祈りするように組んで、目を閉じ、おまじないの言葉を唱えた。
「我らを邪悪と悪意から守りたまえ、フィラフト」
セダはしばらくそのまま目を閉じてじっとしていた。
ジェサーレは、この後どうすればいいのだろうかと、じっとセダを見ている。
じきにセダが目を開き、ヨモギを焚火に放り込んだ。
ジェサーレも真似をして、ヨモギを焚火に放り込んだ。
「おまじないは終わった?」
「うん。さて、次は」
「もう一つやるの?」
「うん? あと二つやるわよ。何があるか分からないから、出来ることはやっておかないと。それに、前にジェサーレが言ってたでしょう。変な糸が見えているって」
「そう言えばそんなこともあったね」
「私、それが気になってたのよね。だから、これから一つと、それから朝起きてからもう一つおまじないをかけるつもりなの」
それからセダはフクロウの羽根を取り出して、真実の眼を授けてもらうニヒテリニエビオギアのおまじないをかけた。
ニヒテリニエビオギアをかけられたジェサーレの眼には、相変わらずセダから伸びる不思議な糸が見えていて、ジェサーレもそれを薄気味悪く感じた。
「ジェサーレ、起きて」
「ふあ!?」
翌朝、ジェサーレは熟睡していたところを、セダの鈴が鳴るような声で起こされた。
ニヒテリニエビオギアの効果は切れたらしく、セダについている糸は見えなかった。
「おまじないをやるわよ。材料の朝露をとってきてちょうだい」
「あれ、昨日は足りてるって言ってたのに」
「そんな細かいことはどうでもいいのよ。手伝うって言ってくれたんだから、早く集めてきて」
「は、はい。……えっと、朝露ってどれくらい集めればいいの?」
「六滴くらいあればいいかな。この小ビンに入れてきてね」
「はーい。あとは大丈夫?」
「大丈夫よ」
「は……ふぁーい」
ジェサーレは大きな欠伸をしながら朝露を集めに行ったが、ほんの少し歩いただけで一面草だらけになるため、すぐに小ビンは一杯になる。
ふと辺りを見回せば、草原を這うように薄い霧が流れ、朝陽でところどころ草が輝く光景は、なんとも言えずジェサーレの好奇心をかき立てた。
すぐにあちこち見に行きたいとジェサーレは思ったが、今はセダの用事が最優先であり、何よりもすぐそばに彼女がいる。
やむなく冒険は諦め、大袈裟に喜んだ顔でセダに小ビンを渡すのだった。
「ありがとう。それじゃ、さっさとおまじないをかけるからね」
セダは、リュックサックから出していた月桂樹の葉とミントの葉を焚火台の上に並べ、そこに朝露を少しずつ垂らす。
すると今度は、両手をその上にかざして呪文を唱えた。
「解き放て、ディアスコルピーゾ」
セダが真剣な表情で言い終えた次の瞬間、二つの葉っぱは白い煙を出して燃え尽き、ジェサーレは目を丸くして驚いた。おまじないで使った材料が呪文だけで変化することなど、今までなかったからだ。
もしかしたらディアスコルピーゾのおまじないが、こういうものなのかもしれないと思って、セダに聞こうとしたが、セダも碧い瞳を丸くして驚いたまま固まっていた。
「成功、したのかな?」
「多分ね」
「ところでディアスコルピーゾは、どんなおまじないなの?」
「呪いを外すおまじないよ。前に試しにやってみたときには、今みたいなことはなかったんだけど。もしかしたら本当に呪いにかかっているときは、こういう風になるのかも知れないわ」
セダとしても燃え尽きたことは意外で、魔法辞典にも書いてない現象が起こったことくらいしか、確かなことは分からない。
セダに魔法辞典をプレゼントしたのは母だったが、そもそもそのときの母が、果たして本物かどうかすらも怪しいものだ。
だから、少し考えはしたものの、すぐに首を横に振って気持ちを切り替えることにした。
「考えていてもしょうがないわ。早くチョバン族の集落を見つけに行きましょう」
「うん、そうしよう」
こうして二人と一匹は、今日も遮る物がほとんど無い草原を黙々と歩いた。
やがて、昨日までとは違う場所で、しかし、焼け落ちた集落を見つけて中を見ていたとき、ジェサーレは後ろから腕を回されて、首筋に冷たい刃物が当てられた。
「動くな。お前たち、何者だ」
セダが鋭く見つめるその先には、青緑色の服を着た若者がいた。




