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木霊の国のジェサーレ  作者: 津多 時ロウ
第一部 第四章 楔の使命
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第十六話 木霊

 何が起こったのかと四人と一匹が待ち構え、ケレムは険しい表情で入口の方向をじっと見ている。すると、じきにその方向から、息を切らせて一人の若い男がかけてきた。


「ケレム様! た、大変です! 武装した集団が、里を荒らしています!」

「敵の人数は? どうやって入ってきた?」

「確認できるだけでおよそ20名ほど。もっと多いかも知れません。行商に偽装して内部に入り込み、警備の者を殺害したようです」

「そうか。分かった」


 ケレムは少し考え、ゆっくりと話し始めた。その表情は、つい数十分ほど前のことが嘘のように冷たいと、セダは感じた。


「さて、タルカン殿。現状は今お聞きになった通りです。あいにくとここには剣を取って戦えるものが多くありませんから、是非ともご助力頂きたい。まあ、嫌とは言わないと思いますが」

「ケレム様も人使いが荒いことですな。で、何をすれば良いので?」


 呑気に話しているが、この間にも集落の入り口付近から火の手が上がっているのが見えた。


「入り口付近でマゴスやマギサたちが、どうにか食い止めていると思いますが、恐らく乱戦になっているでしょう。敵味方が入り乱れているようでは、魔法をあてにしているこちらには分が悪い。ここまで辿り着かれてしまうのは、時間の問題です。ですので、入り口付近の彼らを手伝って頂けます?」

「はっはっは! 引退間近の老骨(ろうこつ)になんとも(こく)なことをおっしゃる! けれど、頼みのデミルも前に出て戦えぬとあれば。……いいでしょう。残り少ない命、(くい)と子供たちに捧げましょうぞ。では!」


 タルカンは皆を一瞥(いちべつ)し、集落の入口へと早足で向かっていった。

 残されたのはケレム、ジェサーレ、セダ、右脚を負傷したデミル、そして犬のジャナン。「ふー、やれやれ」とデミルが立ち上がり、何をするのかと思えば、足を引きずりながら三人の前に立ち剣を抜いた。


「まー、大して動けませんが、間抜けな相手なら、今の俺でもどうにかなりますよ。あとな、ジェサーレ」

「は、はい!」

「俺がやばくなったらアレをやってくれ」

「アレ? アレってなんですか?」

「あー……、まあ、なんか魔法を使ってくれ。そしたら俺が何とかしてやるから」


 そうだ、きっとデミルお兄さんなら、あっという間に敵を蹴散らしてくれるんだと、ジェサーレは根拠もなく安心していた。しかし、敵の数は多かった。


「見つけたぞ! こっちだ!」


 何を見つけたのかは分からないが、剣を掲げて仲間に合図をしている男の顔が見えた。集落の誰かが点けた魔法の(あか)りは弱くなり、代わりに炎で赤々と照らされたその顔は、昼間、ジェサーレたちの乗る馬車を襲った兵士とそっくりだった。

 そう思った瞬間――


(つらぬ)け、ネロピストロ」


 感情の全く感じられない冷たい声がしたと思えば、ジェサーレの隣から発射された何かがその胸を(つらぬ)き、兵士は血を流しながら、ばたっと倒れた。

 声の主はケレムだった。彼が躊躇(ちゅうちょ)なく魔法で殺したのだ。


「ど、ど、ど、どうして!?」


 思わずジェサーレが声を出す。


「どうしてもなにもありませんよ。あの兵士たちは我らの里を襲撃し、火をつけ、そして住民の命を今もこうして奪っているのですから」

「だからって……」


 ケレムとジェサーレが問答をしている内にも、やはり里を守るための人手が足りないのか、数人の兵士が声をあげながら迫ってきていた。


「ちょっと、ケレムさんもジェサーレも戦いなさいよ!」


 セダは一生懸命に手から暗闇を湧き出させ、なんとか兵士を足止めしようとしている。

 デミルは右足を引きずるようにしながらも、向かい来る兵士を斬り伏せていた。

 夜のしじまを兵士が無粋に破り、暗い谷底を炎が赤く照らす。

 ジェサーレの瞳の中に血と炎が舞い、膝がガクガクと震える。


「さあ、どうするのですか、ジェサーレ君。このまま戦わなければ、デミルさんも、セダもあなたも、そしてジャナンも、いずれは斬り殺されてしまうでしょうね。あなたがそれを選択するというのなら、私は構いませんよ。むしろ、あなた方を守る必要がなくなりますから、あの兵士たちを一網打尽(いちもうだじん)にできますしね。さあ、どうするのです? あなたは何を選択しますか?」


 炎の勢いは強くなり、遠くからいくつもの悲鳴が聞こえる。

 セダに平時の面影は無く、眉毛を吊り上げた恐ろしい形相で、涙を流しながら弱々しい暗闇を放ち続けている。

 デミルは幾人(いくにん)かの兵士を斬り伏せたものの、既に片膝をついている状態で、どうにかこうにか敵の剣をはじき返しているような状況だった。

 しかし、ケレムの声は、冷たい。ずっと。


「僕は……」

「僕は?」


 ジェサーレの心がチリチリとする。


「殺さずに勝ちたい」

「まだそんな甘いことを言っているのですか? どうやって?」


 その瞬間、ジェサーレの頭に忘れたかった記憶がよみがえり、心がブワッと燃え盛った。そしてそのつぶらな瞳には里の炎ではない、別の光が(とも)っていた。


「僕の、僕の魔法ならできる!」

「……よろしい。ならばやってみせなさい。君の木霊(こだま)を知らしめるのです」

「はい!」


 ジェサーレは、ケレムに言われてもなお、自分がマゴスであることを、心のどこかで否定したていた。だから、あのことをずっと他人事(ひとごと)だと思って忘れていたのだ。

 けれど、思い出した。そして、やはり自分はマゴスなのだと思った。

 ジェサーレは数歩前へ出て、ケレムに並ぶ。

 息を吸って吐いて、忘れていたあの呪文を静かに唱える。


「鳴り響け、アンティドラシ」


 何も起こらない。これだけでは。

 ジェサーレは両手を広げ、ぽっちゃりとした自分の体の隅々まで空気を行き渡らせるように、深呼吸をした。


「わあああああぁぁぁぁ!」


 顔を前に出し、力の限り叫んだ。

 取り込んだ空気が尽きるまで、精一杯、叫んだ。この谷底に響けと、みんなに届けと。

 何事かとジェサーレを見るセダとデミルとジャナン。

 その次には、ドサッという音で慌てて兵士たちを見るが、その目に映ったのは、眠るように呼吸をして横たわる兵士たちの姿と、炎がすっかり消えた里の姿だった。


「お見事です」


 パチパチとゆっくり拍手をする笑顔のケレム。

 しかし、ジェサーレの耳にそれは聞こえただろうか。

 ジェサーレもまた、ドサッと音を立てて倒れたのだ。


「ジェサーレ!」

「坊主!」


 慌てて駆け寄るセダとデミル、そして心配そうに体を寄せる犬のジャナン。

 心配そうに少年を覗き込む風景を、ただ、星の明かりだけが照らしていた。



『愛しい君へ。

 君が突然いなくなってから、もう何年も経ちました。君の言い付けの通り、一人でなんでも出来るようにと育ててきた子どもも、そろそろ15歳になります。

 子どもは最近、ますます君に似てきて、目のあたりなどは本当にそっくりです。

 僕は王様の仕事が毎日とても忙しくて、たまに弱音を吐きそうになりますが、なんとか頑張っています。

 ……だけど、やっぱり君がいなくて寂しいです。どこに行けば君に会えるのでしょうか。どれだけこの手紙に思いを託せば君に届くのでしょうか。会いたい、会いたい』

〔失伝した宛先不明の手紙〕


< 第4章 (くさび)の使命 >


< 第一部 (くさび)


― 完 ―


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