エピローグ
「新たな伝説がこの町から生まれたってことですよ! これが興奮せずにいられますか?」
大きな目をキラキラさせて見上げてくる娘へと穏やかな視線を向けるのは、ブラウンのスーツを着込んだ控えめな印象の老人だった。背は高いがなで肩で、圧迫感はない。彼は懐かしそうに目を細めて一瞬だけ思い出に浸った。
子どもの頃に仲良しだった年下の女の子。記憶の中にある姿は息を引き取った当時の幼い出で立ちのままだ。オーバーな物言いが目の前の娘に似ていて、彼はくすりと笑んだ。
それには気づかなかったのか、図書館の寄贈カウンターの向こう側にいる娘は笑顔で一枚の用紙を差し出した。
「はい。それではこの用紙にご記入ください。お名前とタイトルですね。その間にちょっと拝見」
肩の動きから彼女がそわそわしているのがよく分かり、老人は笑み声で話しかけた。
「楽しそうで、持ってきたかいがありましたね。そんなに読みたかったものでしたか?」
「それはもう! だって考えてもみてください。伝説の中の伝説と言われたあの幻獣を真獣に分類させた本ですよ」
真獣というのは、この世界では幻獣の対義語として使われる言葉だ。どちらも生き物を分類するために使われる。生涯のうちで人の目によって観察されたことがない期間があるものは幻獣。産まれてから死ぬまでの全ての期間を研究観察されたものを真獣と呼ぶ。
「生きた伝説と称される人は大勢いますけど、著者のアーネスト・ディールはまさにそのうちの一人です」
「はは…」
今度は老人のほうがそわそわしだす。タイトルを記入し終えたところで固まってしまった。
司書はそれに気付く様子もなく本の挿絵があるページに見入っている。愛らしい黒毛の子犬風の生き物がくりくりした目を彼女のほうに向けていた。
そこへ貸し出しの客がやってきて、彼女の集中が途切れる。老人は貸し出しカウンターへ向かう娘の背中にここぞとばかり声をかけた。
「この紙を書いたら終わりですか?」
「あ、はい! 貴重で高価な本を本当にありがとうございました! それで手続きは終了です!」
去り際に反転し、一番丁寧なお辞儀をしてみせた娘は、それ以降はもう振り返らなかった。
老人は手早くサインをすると、そそくさとその建物を後にした。
しばらくしてから、本とペンとを片手ずつに握りしめた娘が真剣な面持ちで図書館から飛び出してきた姿が何名かに目撃された。
彼女は周辺に目を配った後、からりと晴れ渡った空を仰いで、ペンを持った右手を悔しそうに振り下ろしたという。
これにて完結です。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
※続編を一本にまとめました。まとめるか否か迷ったのですが続編のほうはブックマークもほとんどなかったので踏み切ってしまいました。
未消化のネタがあるのでもしも続きを書くことになったらここに繋いでいく予定です。




