15-3
「イオ……エレメントの誓いは絶対だよ?」
「誓いはリーヤとやらが来た時の話だ。その前にお前を殺ればそいつはここには来ない。違うか?」
「可愛い娘の前で人を殺すの? できるわけない」
昔、自分の父親にイオが言っていた言葉をそっくりそのまま返すアーシィ。だがイオはその牽制をものともしない。アーシィは話しているかたわら左手を筒状にして目の前に立てた。右手の包丁は彼に合わせて後退していたエストに預ける。イオがにやりと笑って空いている左手を顔の高さまで持ち上げてみせた。
「バーデッドって知ってるか。食うと美味すぎてその日一日あったことを綺麗さっぱり忘れちまう、九面鳥の肉だ」
「初めてじゃないんだね」
「ずっとそばに居りゃヤバいもんも見せちまう。ヨーダが見つけて来たんだよ──優秀な男だろ?」
アーシィの両手から白い靄があふれ出し、瞬く間に小さな弓と矢が形作られた。彼はそれらが固定されると、ための時間なしで矢を放つ。イオは慌ててそれを叩き落とそうとするが間に合わず、その太い手首にかすり傷を負うこととなった。その後も止めどなく流れる川のようにアーシィからの狙撃は続き、防戦一方になるイオ。しかしただではやられていない。彼は大きな体格には見合わない素早い身のこなしで左腕一本犠牲にして短剣の間合いに入ると、アーシィの横を一回転しながら通り過ぎ、剣は持ったままエストを抱え込んで、人質とした。
「へ、さすがに止めたなアーシィ。次のオレの要求が何だか分かるか?」
「僕バカだから分かんないや。教えて?」
「軽口叩くんじゃねえ。武器を捨てろ」
アーシィは言われた通り、屈んで弓を床に置くと立ち上がる。しかしその表情には余裕が見て取れた。
「捨てさせても無駄だよ。壊さない限り、何度でも手にできる。そういう魔法だ」
「じゃあ壊せ。お前の手で」
「無理だよ。試してごらん? 巨人族の力自慢でもびくともしない硬度と柔軟性。先生からの卒業プレゼントなんだ」
「ならこうするか。もう一度、弓を手にしたらエストの命はない」
びく。とエストの肩が引きつった。彼女はごくりと喉を鳴らすと震えながら包丁の切先を自分の首筋にあてがった。
「マスターの足手まといにはならないわ」
「エスト。やめな。大丈夫だから。必ず守るから」
「随分と落ち着いてんな──気に食わねえ!」
エストを突き飛ばしてアーシィへ向けて突進するイオ。はずみで床に倒れたエストの左手の平から血が流れて包丁と床を汚した。それを見た今、大男を止める唯一の声が放たれた。
「やめて! パパ!」
「ランナ」
「全部覚えてるわ」
ランナは背の高い椅子から降りると動きを止めたイオに近付いていく。
「物心ついてからのことは全部。ひとつもケガなんかしてないのに、全身血まみれだった日もあった。だからもうやめて。この二人はあたしの恩人でしょ? ケガなんてさせないで」
「ランナ……おまえは分かってないんだ。オレがいなくなるんだぞ?」
「どっちにしろ、よ。この人たちを殺したら、あたしは施設に入る。もうパパのことを『パパ』って呼ばないわ」
「ランナ……ああ、分かっているよ。おまえはそういうやつだ。母さんに似て、ひどく真っ直ぐで。──分かったよ。この二人にも手を出さない」
「誓って、パパ」
「動かざる地にかけて誓う。これで良いか?」
「ありがとう! パパ!」
終始渋々といった感じで愛娘にやり込められたイオは、大仰に肩をすくめる。それを抱きしめようとしたのだろう。実際にはしがみ付くような格好になったランナが何度も礼を告げた。それでこそパパよ。大好き。と、褒め言葉のシャワーを浴びせられたイオはすっかり毒気を抜かれて剣を腰の鞘に納め直した。




