15-2
言いながら魔女が手にしたのは木製のへら。店の備品だ。それを手のひらの上に乗せると、ぷかりと浮いて回転し始めた。最初はゆっくりと、徐々に速度を上げて。やがて速すぎて残像になり、へらの形が分からなくなってから魔女が手を引っ込めると、ヘラだけがひとりでに浮かんだままで回転を続けた。
フラスコの中に空気の粒が付き出し、ぽこりと湯が沸騰し始める。魔女はフラスコから火を外して漏斗を差し込んだ。それから火を元に戻すと、魔女がランナに向けて首を傾げた。
「で? これは出来上がったら相当、苦いわよ。砂糖も入れたい? お嬢ちゃん」
「コーヒーみたいなってこと? 砂糖とミルクがほしいなあ」
「残念。ミルクを入れたら成分が変わってしまうわ。砂糖だけで我慢なさい」
「はあい」
「良い子ね」
フラスコの湯が漏斗に昇った。魔女は液体が乳白色になったのを見届けてから、手を回転している木べらへ差し伸べる。すると回転体の動きがぴたっと止まって魔女の手に吸い込まれるように宙を移動した。木べらを握り込んだ魔女が漏斗の中を二、三回混ぜると、乳白色だった液体が透明に戻った。火を消すと漏斗の中の液体がフラスコの中に戻ってくる。見た目はただの湯だ。それをコーヒーカップに注いで角砂糖を一つ二つ。それをかき混ぜるかたわらランナを手招きしてカウンターに座るよう促した。ランナが腰かけるとイオはその後ろから顔を覗かせてカップの中身を見やった。
「前回の薬は乳白色をベースに七色の光が流れて、オパールみたいだったが、今度のはずいぶん地味だな。本当に効くのか」
「前回のが強すぎたのよ。人間にはこのくらいがちょうどいいの」
「ありがとう魔女さん。いただきます」
ランナは両手で包んだカップを持ち上げて匂いを嗅いだだけで咳き込んでいる。にが、にが。と呟いているので発作ではなくやはり薬のせいなのだろう。それでも頑張って一口、口に含んで飲み込んだ。渋い顔をして舌を出し、うげ。とこぼして水を要求する。それに魔女が首を振った。
「ダメよ。途中で余分なものを混ぜないで。その代わり全部飲み終わったら、後は何でも好きなものを飲ませてもらいなさいな」
「うええ。はあい」
「頑張れランナ。うちのメニュー何でも一杯サービスするぞ」
「やったあ、がんばる。……にが、にが……ん!」
ランナはその後もしばらく苦さにぼやいていたが、やがて残りがカップ半分くらいになると一息にそれをあおった。震える手でカップをソーサーに置くとヨーダへと気迫のこもった眼差しを向ける。
「フルーツミックスジュースがいいな」
「あはは! 元気そうだな。よし任せとけ」
「ありがとよ、名前はなんて言ったかな、お二人さん。後、もちろん魔女さん、ヨーダも!」
「僕はアーシィ。こっちはエスト」
「アーシィにエストか。改めて礼を言うぜ──忘れねえ。誓ったこともな」
言い終えるとイオは真っ直ぐに立って身体中の骨をこきこきと鳴らし出した。アーシィも割と背は高くなってきたが、ヨーダを超えただけでイオにはまったく届かない。あんな大男にはならなくてもいいかなと、ぼんやり考えていたアーシィは不意に冷たさを感じて身構えた。身に覚えがある。これは──殺気だ!
カウンター近くにいたアーシィはヨーダが果物を切っていた手から包丁を奪い取ると、間一髪、イオからの初手の一撃を防いだ。アーシィは大股で後退しイオと距離を取る。幸い、すぐにはイオからの追撃はなかった。逆にイオも若干後ずさる。その腰に短刀の鞘が取り残されて今にも落ちそうになっていた。アーシィが様子を窺いながらイオに言った。




