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幻獣図鑑239ページ  作者: 夜朝
第14章 解呪
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14-2

 アーシィが魔女との約束について話し終えると、ヨーダが少年に軽く頭を下げた。


「解毒薬の件は、君は悪くないな。アーシィ君。メインはエストちゃんのための行動だろうが、ランナも思い遣ってのことであったと思うよ。ありがとう」

「いえ……ところで、五年も前から本当に変わらないんですか、ランナは」

「ああ。おかしいとイオも言ってはいたんだ。薬を飲んでから一年後くらいかな。俺のところにも相談に来たことがあった」


 二杯目のカフェオレをほとんど飲み終えているアーシィと違い、自分のコーヒーをちびちびと飲みながらヨーダが言う。昔のことを思い出そうと遠い目をしていた。


「背どころか、髪も爪も伸びない。確かに咳は止まったが、これは新しい病気かと」

「なんて答えたんですか?」

「まさか薬のせいだなんて思わないじゃないか。病院に行けとしか言いようがなかったよ」

「病院じゃ何も分からなかったでしょう」

「ああ。何軒かはしごして諦めたそうだ。……エストは魔女の居場所について、何か知らないのかい?」


 エストは最初、首を振ったが、少ししてからアーシィの袖を強く引っ張った。


 ──マスター。魔女が近付いて来てる! こっちに。


「え!? 魔女が?」

「どうした?」

「あの薬を作った魔女が、ここに来るらしいんです」

「おい! それなら角を預かっておけば良かった!」

「イオに連絡取れないんですか。家には電話は?」

「かけてみよう」


 ヨーダが受話器を持ち上げたのと魔女が店のドアを開けたのとがほぼ同時。彼女はアーシィとエストに向けて手を振った。


「はぁい、エスト。アーシィ。うまくやってくれたみたいね。約束を果たしにきたわよ」

「魔女さん! 噂をすれば!」

「トーンよ。魔女なんて掃いて捨てるほどいるんだから」


 魔女は顔だけアーシィに向けて言いながら足はエストに向かって一直線に歩み寄る。そして左手に提げていた小さなカゴの中から小さな薬瓶を取り出し、少女に手渡した。それを両手でしっかりと握りしめたエストは魔女に問いかける眼差しを向ける。


「とろみがあって美味しそうだけど飲まないでね。塗り薬よ。手のひらで温めてから、喉から胸元にかけて、ゆっくりとすり込むの。やってごらんなさい」


 ひとつ頷いたエストが瓶のフタを開けて言われた通り手のひらへ薬を出す。それは始めは紫がかった乳白色の流動体だったが、エストの手の上で徐々に透明な液体に変わった。エストが上を向いてまず喉に薬をつけ、顔の向きを正面に戻すにつれてその手を胸元へ移動させていった。と、エストが激しく咳き込み始めた。普段は白い顔を真っ赤にして、前屈みになった背中を上下させている。アーシィは慌ててエストの背中をさすった。すると魔女がアーシィの腕をつかむ。


「駄目よアーシィ。大人しく見守ってらっしゃい。じきに収まるわ──呪いの媒体がエストから出てくればね」


 涙目になりながら咳を繰り返していたエストは、一際大きく息を吸ってから、強く「げほっ!!」と言うと同時に口からトゲトゲの黒い物体を吐き出した。大きさで言えばエストの親指の爪くらいのそれを魔女はすかさず摘み上げ、握りつぶして粉々にした。解放されたエストの方はと言えば、まだ赤い顔をしたまま、椅子の背もたれにもたれて深呼吸を繰り返している。目元を覆っている細い右腕が汗ばんでいた。


「あー……? マスター……! 私、今……!!」

「エスト! 喋れてる!」

「マスター、マスター!!」


 魔女に背を向けて椅子から降りたエストは目の前にいるアーシィに抱きついて泣き出した。良かった。嬉しいと言って、後はわんわんと泣くだけ泣いた。受話器を置いたヨーダが二人の様子を見ながら感心したように呟く。


「これはまた……鈴の転がるような声って、こういうのを言うんだろうな。おめでとう、エストちゃん」

「ヨーダさん。っく。あり、がと。ぅっく」

「ありがとうございました、トーンさん」

「はは。元はと言えばアタシが仕掛けた呪いよ。アンタお人好しね。まあ良かったわね。──それじゃ、アタシはもう行くわ」


 肩をすくめて笑いながら踵を返した魔女を引き止めたのはアーシィでもエストでもなく、カウンターの向こう側にいたヨーダだった。


「待ってくれトーンさん!」

「何よ。ええと……ここのマスターよねアンタ。アタシもうここに用なんかないんだけど?」

「俺たちのほうには大アリですよ。ちょっと待ってください」

「何の用」

「万能薬をもう一度、作っちゃくれませんか。今度は不老不死の薬効はなしで」

「アンタが飲むの?」

「まさか。同じ子にあげるんです」

「エストの角がないと作れないわ。もうアタシの手元には残ってないわよ」


 そこへ小学校高学年ほどの少女を抱いた大男が駆け込んできた。彼女の手にはエストの髪と同じ白っぽい色の角が一本握られていた。

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