2-2
次の日から少年は寄り道をしなくなった。
学校から帰る前に友だちと少しおしゃべりするのが日課だったが、それもしばらくの間と封印した。友だちは付き合いが悪くなったとぼやいていたが、事情は説明してあるので顔は笑顔だ。
「でも知ってるか? 近ごろ、正体不明の生き物が町をうろついてるって」
塾通いでアーシィと同じく早めに学校を出てきたナッチがそう言った。
「正体不明!? 幻獣ってこと!?」
途端に真ん丸く見開いた目を輝かせ出したアーシィの隣で、ナッチは困り顔で笑った。
「こののん気者が。そうじゃねえだろ。危ねえから気を付けろよって話。ハンターも何人か町に入ってきてるらしいぜ」
「いいじゃんか。避けるよりは会ってみたいんだよ」
「ちょっ、おまっ。絶対やめとけよ。ハンターごっこには相手が悪い。明日になれば、先生からも話があるだろうけどな」
別れ際に念を押されて、アーシィは口を閉ざしてしまったが、心の中は違う気持ちでいっぱいだった。
(本当に、危ない生き物なのかな? ハンターに追いかけられて、びっくりしてるだけかもしれないじゃないかーー)
「もしも君に会えたなら〜このリンゴを一緒に食べよう〜。縦に半分、取り合いっこなしで〜。大丈夫だよ〜僕は〜わ〜わ〜、お姫様でも〜魔女で〜も、ない〜」
歌い歩きながら高く放り上げたリンゴをしっかりと右手で受け止めて、服の腹の部分で磨く。食べきれなかった給食の残りだ。アーシィの住むデルシリス町は、果樹栽培が主要産業のせいか、デザートにリンゴが一個まるまる出てくる。帰り道に齧ろうか、持ち帰ろうか迷いどころだ。ペットショップに行くなら、あそこの一人娘と半分こするのでちょうどいいのだが、今日は真っ直ぐ帰るのでーー
「あ」
そんなことを考えていたら手からリンゴが転がり出ていった。
コロコロと進んでいくリンゴを追いかけていたアーシィの顔から笑いが消える。
あと十歩ぶんくらい先の曲がり角から、何かがのそりとその半身を現したからだ。
アーシィは短く息を吸い込んだ。自分の両目が皿のように見開かれているのが分かる。『ハンターに追いかけられてびっくりしているだけ』? 自分の甘さに腹が立つ。
一秒で考えを改めてしまうくらいに、それは歪な姿をしていた。たとえて言うなら相当ヌラヌラした表面のフライドチキンからトゲが一本生えている。そんな感じだ。トゲというよりツノなのだろう、鹿の角のようなもの。その生え際から何かドロリとしたものが滴り落ちてきて、転がっていったリンゴを包み込んだ。もう絶対食べられない。欲しがったら幾らでもあげようーー言葉を話せるとは思えないけど。
怖いのに目が離せない。
誰か呼びたいのに口の中がカラカラに乾いて声が出せない。
足が棒のようになって逃げることもままならない。
目の前にいる何かは何度も体を揺すっている。が、ツノの根元の、皮が破けたように垂れ下がっている箇所はあまり位置が変わっていないのが分かった。
(そこから覗いてるんだ、黒い丸が。ーー違う。丸じゃない。そうだ、あれは。あれはーー目なんだ。僕を見つめている)
このままここに居てはいけないという心の叫びが恐れよりも強くて、アーシィは震える足を叱りつけながら一目散に走って家へ向かった。途中で誰かに会えば今さっき見たものを教えていただろうけれど、残念ながら人っ子ひとり通らなかった。