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「お待たせいたしました。イカ墨パスタと日替わりワンプレートです」
「ああ、済まないが空いてるスペースに置いといてくれ。そのうち起きてきて食うだろ。……こんなこと初めてなんだけどな」
「あ、いえ……あの……お疲れなんですね」
「本当だよ。今日はどこで何してたかな」
「娘さん小学生ですか?」
「いや、こう見えても中学生なんだ。娘って言われるとちょっと違うか──いや、養女ってとこで間違いじゃないか」
「申し訳ありません、込み入ったことを伺ってしまいました。では、ごゆっくりどうぞ」
話しているのが居た堪れなくて、早々に会話を切り上げて戻ってきてしまった。するとちょうどヨーダが二つの皿を手にしてエストの前までやってきたところだった。
「そら、今日のまかない。また新作だぞ? 夏にも食べれるぬるめのドリア。普通ドリアって言ったら熱いからな。ちょっと冒険してみたんだ」
「美味しそうじゃないですか。ありがとうございます」
エストが笑顔でお辞儀する。それからスプーンを手に取り待ったなしで食べ始めた。アーシィも隣に座って食べ始める。その間、ずっと視界の端にランナを入れながら。
──マスター。まだ心配? うまくいってると、私は思うけど……
──ああ、ごめん。こんなに見てたら怪しいよね。うん、ぼくもうまくいってると思うんだ。魔女の言ってた通り、まるで眠ってるみたいで……
──マスターは優しいね。さっきから、ううん、もうずっと前から、あの子の心配ばかり
──優しさとかじゃないよ。当然のことさ
──あのね、私ね、マスターに私以外の女の子のこと、そんなにたくさん気にしないでほしい
「……え?」
ぽかん。とスプーンを浮かせて丸い目をしたアーシィは、じーっと、穴が開くほどエストのほうを見た。その気恥ずかしそうな横顔を。
──そんなにジロジロ見ないで。私、そんなに変なこと言った?
──いや、ごめん。あの、その……なんだ。あのね
スプーンが皿の中に下された。アーシィはくるりと回る椅子を九十度回転させて彼女のいる方へ向き直ると、両手でその小さな手を包み込んだ。
──どれほど大勢の老若男女を気にかけていても、ぼくにとってエストは、一番特別な子だよ
アーシィは心の底からそう心話で告げると、ふわりと笑って両手にやんわりと力を込めた。
──マスター……
うれしい。と心話で返して、顔全体で笑うエスト。二人の世界を作る二人の視界の隅で、ランナが小さくうめきながら身を起こした。大きく伸びをしてから、まるで何事もなかったかのように食事を始めるランナ。それを見た二人は、今度こそ深く喜び合ってお互いに抱き合った。
しかしそれも束の間のことだった。食事もまだ半ばのところでランナが激しく咳き込んで、血を吐いたのだ。
「ランナ!? おい、大丈夫か! ──ヨーダ、キュアミントを!」
「おいおい、もう治ったんじゃなかったのか? 今淹れる!」
「マスター? あの子、どういう……なんて病気なんですか?」
「そうか、気になるよな。だがオーダーを淹れるのが先だ。ちょっと待っててくれ。──そらイオ、テーブルの上をあけろ!」
ヨーダは盆の上にキュアミントと貼られた瓶と熱湯入りのガラスポット、ガラスのカップをのせてイオたちのいるテーブルへ駆けていった。
カップに瓶から数枚のドライハーブを入れて熱湯を注ぐと湯の色が淡い茶色になる。ゼイゼイヒューヒューと喉から異音を出していたランナは薬湯を少しずつ飲み、その度に平常状態に近付いていった。
「ありがと……もう、大丈夫……ごめんねパパ。マスターも。……ああ、すっかり忘れてたのになぁ。元通りになっちゃったのかな、私」
「頼む……頼むよ、ランナ……お前まで死んでしまわないでくれ……俺を残して、お前まで……」
「大丈夫よ、パパ。私、母さんよりは丈夫なのよ? 父さんよりも慎重だしね。ふふ」
「ああ、ランナ。またあの薬を作ってもらおう。大丈夫だ。お前だけが俺のすべてだから」
アーシィとエストは無言で互いに困り果てた表情の目を見交わした。その後、アーシィは両手で頭を抱えて俯いた。エストは片手で口元を覆って天井を仰ぎ見る。もう心話さえ必要ない。二人は今、確実に後悔していた。




