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イオと娘の二人連れが来ずに数日が過ぎた。アーシィは賄いメニューが一周したのに気付き、感慨にふけっていた。だから例の二人連れが来たのを視界に映したのはエストの方が早かった。
──マスター。来たわ
──っ。うん。いよいよだね……
──焦らないでね
──分かった
こういう時、心話は便利だ。震えそうになった、小瓶を握っている右手を一度下ろしてから再度持ち上げる。手前のタンブラーの上で栓を抜くとわずかに水に水がぶつかった手応えがあった。水音は聞こえるほど店内が静かじゃない。小瓶をズボンのポケットにしまうと、アーシィは真っ直ぐにイオの連れの娘の元へ向かった。
「いらっしゃいませ」
もしかしたらまた震えるかもしれないと思っていたが、自分でも意外なほど冷静にタンブラーを彼女の前に置けた。もう一つのタンブラーをイオの前に置いてから空いたトレーを脇に挟み、メモ用紙を挟んでいる小さいバインダーを入れ替わりに構えた。
「もうご注文がお決まりでしたら伺いますが」
「ああ……ランナ、良いか?」
「うん決まってる。日替わりワンプレートディナー、お魚で」
「かしこまりました。そして……」
「ああ、俺は……」
注文を告げ終えた娘は小さな両手でタンブラーを持ち上げて口元に構えた。アーシィは気にしないように自分に言い聞かせて必死で注文を取るのに集中していた。一口。二口。娘は喉が渇いていたのか、止まらずにごくごくごくーっと一息に水を飲み干してしまった。一度にそんなに飲んで大丈夫なのか心配だったが、今さら元に戻ることもできず、開き直ることしかできなかった。なので、何事もなかったように装って、イオたちのテーブルを離れてきたのだ。そしてヨーダに注文を伝える。しかし彼の目線はずっとイオの娘であるランナに注がれていた。
──急に立ち上がって苦しみ出したらどうしよう? 毒が強すぎて死んでしまったら?
──マスター。うまくできなかったの?
──あ、エスト……聞こえてた?
──うん
──うまくできたと思うんだよ。でもだからこそ気になることもあって
──マスターは悪くないわ。私のためにがんばってくれてるのよ
──ありがとう……それだけでも救われる
──ほんとよ
アーシィはようやく前を向いて食器を洗い始めた。
「今作ってるあちらのお客さま用のメニューが仕上がったら、まかないタイムにしような」
「はい。ありがとうございます」
時間からしても今日のディナーはイオたちで終了だ。ヨーダがあちらと言って指し示した二人のうち娘の方がテーブルの上にうつ伏せになった。アーシィは、いよいよ薬が効いてきたかと胸が締めつけられるような心持ちだったが、イオは慌てず騒がず彼女の頭を一撫でしてから水を飲んだ。確かに、彼女はまるで眠っているかのように静かだ。
洗い終えた食器を布巾で拭いていると、ひどく手に汗をかいていることがわかった。この場でこんなに取り乱しているのが自分一人だと思うとアーシィは情けないやら何やらで落ち込んでしまう。イオやヨーダは事情を知らないからともかくとして、エストの落ち着きは、そういえば最初からすごくて。あそこまで堂々とできない自分が嫌になってしまう。
考えているうちに料理が仕上がって、彼はそれを運んで再びイオたちのところへ向かった。




