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「それって、まさにここじゃないですか! もう!」
「いやいや、地元民しか知らない穴場スポットだよ?」
「ふぅん。……ねえマスター。ここに滞在してる間、ぼくを雇ってもらえませんか」
「おや。さては日銭がない」
「ええ。ホリデーシーズンは相場が高くて」
「そうだね。地図に載せてから観光客もそこそこ来るようになったし、そろそろ人を増やしたいと思っていたところだ」
「喫茶店で働いたことはないですが、家事の手伝いはしてました」
「ふむふむ。それじゃ昼食時と、三時のお茶の時間と、晩めし時だけ皿洗いと品物の出し引き。日当で八千でどうだ」
「ありがとうございます。それで結構です」
「今日の晩めし時から入ってくれ」
「はい」
──イオか、あの女の子のどっちかが、ここに来ると思っているの?
「そうだよ。追いかけ回したり出待ちしたりするよりも良いと思うんだ」
「おいバイト君。名前は?」
「あ。……アーネストと言います。よろしくお願いします」
「よし、アーネスト。片方だけ音声有りで喋っていると大きな独り言みたいでややこしい。心話のやり方を覚えておくと良い。唇を閉じて話しかけるイメージだそうだよ。私は自分では出来ないんだが、心話が出来る人物と話をしたことならあるんだ」
「唇を閉じて話しかける……やってみます」
──エスト、エスト、ぼくの言ってること分かるかい? 分かったら──そうだね、君のミルクを少しだけぼくのコーヒーに注いでくれるかな
──分かったわ、マスター
ヨーダから見たら無口な美少女であるエストは、迷いのない動作で自分のグラスの中身を少しだけ主のグラスへ注ぎ入れた。アーシィは満足気に笑いながらエストに礼を言い、ヨーダに向き直って言った。
「教えていただいてありがとうございました。助かりました」
「すぐ出来るようになるとは優秀だね。その調子でバイトのほうもしっかり頼むよ。アーネスト」
「はい。頑張ります」
短く返して頷いた主の両肩に手を置いて、後ろから引っ張る少女。店主が首を傾げると少年が通訳した。
「彼女も頑張りたいと言ってます」
「あー……子どもに働かせるのはなぁ……気持ちだけで充分だよ。ええと……こっちの子はなんて名前なのかな?」
「エストです」
「エストね。よろしくエスト。──前にもどこかで聞いたことあるような名前だな? まあ、珍しくない名前なんだろうね」
「ええ。よくある名前でしょう?」
内心でギクっとしたが、アーシィは誤魔化すことに決めて軽く笑ってみせた。
それ以上追求してこなかったヨーダに感謝しながらエストに向き直ると今度は雇い主にも聞こえるように発話した。
「これ飲んだら一旦おいとましようか、エスト。晩ごはんまでまだ何時間もあるからね」
うん。と頷いて椅子に腰かけた少女はミルクの残りを飲み干すと隣の席に座ったアーシィのカフェオレもねだって半分ほど堪能し、ほわっと笑った。ご満悦らしい。
「じゃあマスター。また後で来ますから」
「ああ、よろしく頼むよ。今飲んだものは代金は要らないよ。まかないみたいなもんだ」
「良いんですか? ありがとうございます!!」
主のお辞儀に合わせて自分でも頭を下げる少女。彼女を促して店を出ても良かったのだが、せっかく客席が空いているので今のうちに練習がてら労働だと、洗い場に溜まっていた皿やカップを洗ってから一度帰途に着いた。




