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小学校低学年くらいの少女が爪先を地面にとんとんと打ち付けながら家人と言葉を交わしている。その話し相手の声にアーシィは覚えがあった。
「本当に一人で大丈夫か? 着いて行っても……」
「もう、パパ。大丈夫だったら。いつまでも小さい子扱いしちゃって」
「そっか……もう小さくはないもんな」
「外見は小さいけどね〜なかなか背が伸びなくて、やんなっちゃうわ」
「早く帰れよ」
「はぁい」
少女は家の中に向けて軽く手を振った後、丁寧な所作でドアを閉めた。スキップ混じりにどこへ行くのか分からない。後をつけようか迷ったのが裏目に出て、もうどこへ行ったかわからなくなってしまった。
いざという時の判断力に乏しいアーシィが頭を抱えて苦悩していると、エストが目を見開いてアーシィに詰め寄った。
──マスター。あの子よ!
「あの子よって何が……あの子『よ』!? まさか」
──間違いないわ。あの子が私の角を使った子。角の薬効が成長を阻害してるの。だから背も伸びないのよ。
「まだ何年かだから目立たないのか……不老不死の怖さが」
さて、どうするか。
出直すにあたり、その前に作戦を立てようと立ち寄った喫茶店でアーシィはまた信じられないものを見た。
そこではヨーダがカウンターに立ってコーヒーを淹れていたのだった。
* * *
「マスター。ぼくはアイスコーヒー。この子にはミルクを」
──こ、これは……マスターがマスターと呼んでいる人がいてそうすると私はこの人もマスターと呼んで
「エスト……良いから。別にマスターは何人呼んでも、その、あの、そう。君の……マスターは、ぼくだけでいいから」
マスターが増えて混乱しているエストに、気恥ずかしそうに告げるアーシィ。誰かの主人になるだなんて。大それ過ぎていて簡単には頷けやしない。でも相手がエストなら、早く慣れなきゃいけないとも思う。彼女は契約があってこそ安定して生きていける種族なのだ。
「初々しいねマスター? この子の主なのか。まだ若いようだが、いくつなんだ。マスター歴は何年になる?」
「からかわないでくださいよ、マスター。ぼくは今年で16です。マスター歴は……そこそこなんですが」
「ふうん。慣れない風を見てるとまだ何週間も経ってない雰囲気だが。『そこそこ』か。それで? フィアンタには湯治かな? どっちも元気そうだが」
「そんなに分かりますか。契約を結んでから何年も会ってなかったんです。それで、ここを再会のための待ち合わせ場所にして」
「ああ、それは良い話だ。泣かせるね。何年か越しの約束が果たされたわけだな」
ヨーダは注文した品をカウンターに置くと数回拍手してみせた。そのタイミングで他の客がテーブルに代金を置いて店を出ていく。店主は礼を述べながら台拭きを片手にそのテーブルへ近付いていく。
「それで? 帰る前に観光地を散策ってわけかな。フリーペーパーの地図ならウチにも置いてるよ。まだならぜひ持っていってくれ」
「ありがとうございます。頂いて行きますね。そう言えば、地元の子がよく行くスポットなんかは書いてないんですか? このマップ」
「お、地元民しか知らない穴場スポットがご所望か? 一個だけ書いてあるよ」
「どこですか?」
「ここさ、ここ」
足音を立てずに歩み寄って来て地図の上を太短い指先でトントンと叩く店主。悪戯っぽく軽い口調で告げた。
「喫茶・ひなたぼっこ」




