2-1
少年が黒い毛に覆われた子犬のことをすっかり忘れてから数ヶ月が経過した。
アンジェの世話は、夜寝る前にトイレの砂を取り替える当番になって、日々欠かさず続けている。きっちり当番を決められてからのほうが、それ以前よりもアンジェのことを可愛がっているようだった。
アンジェのお腹には今、子どもがいる。そのお腹を見る度に少年は、はらはらそわそわするのだがアンジェも少年の両親も涼しい顔だ。
「落ち着いてる方がどうかしてるよ、こんなに小さいのにもうお母さんになるんだよ? 僕の妹分みたいなもんなのに」
「あら、妹分ならエリシャちゃんがいるじゃない?」
「まぁね! 子どもが生まれたら見せてあげるって約束したんだ、昨日」
「昨日も行ったの? ペット飼ったら幻獣ショップには行かなくなるかもしれないと思ったけど、そうでもないのね」
「それはもちろん。ゆくゆくは幻獣って気持ちは変わらないよ」
「……そっか。飼えると良いわね」
少し置かれた間が気になって、ペットを見つめていた少年は母親のほうへ顔を向けたが、そこにはもう普段通りの微笑みがあるだけだった。
「あ! そうそう、それでも来週一週間は早く帰ってきたほうが良いわよ。そろそろ予定日なんですって。アンジェ」
「ええ! 月末じゃなかったの?」
「予定は未定ってことでしょう」
「うわぁ……落ち着かない……」
『うわぁ』を何度も繰り返して、ケージの周りをぐるぐる回り始めた少年を見て、母親は必死に笑いを堪えた。