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あの少女と共に階段から木の実を求めて森へ分け入った時にも感じていたが、タバコやガムの包み紙などが意外なほど多かった。それを拾い集めて徐々に進んでいくと、だいぶ森の深くまで来て、かなりゴミの数が減ってきた。その代わり蒸し暑さが増してきて、アーシィは額の汗を手の甲で拭った。
「ああ……思ったより、難しい仕事だなぁ……」
袋が一杯になるか、昼時の鐘が鳴るまで街に戻らないという条件付きで雇われた。いくら多いと言ってもさすがに袋を一杯にできるほどには量を探しきれないのだ。鐘が早く鳴るように祈るばかりで、アーシィは近くの木の根に腰を下ろした。
──ああ。これ、もしかしたら少しサボっても分からないんじゃないかな。
いやいや。と、降って湧いた悪い気持ちを振り切るように力強く首を左右に振った。心を入れ替えるために立ち上がると、視界の端を何か白っぽいものが通り過ぎる。それが長い髪の少女の後ろ姿だと思うと、アーシィは仕事のことなどさっぱりと忘れてその後を追った。
* * *
地元の子はすごいなと。階段を昇っていた時にも何度も言ったことをアーシィはまた呟いていた。平面な所を歩く時と、根っこがたくさん入り組んでいる所を歩く時と、そのスピードが変わらないのだ。徐々に暑さが強まる。熱源と思しき巨大な洞窟の中に少女が入っていくと彼もためらわずに後に続く。洞窟と言っても頭上には穴が開いていて、灯の類は昼間は必要ない。そこはまるでサウナのような程よい蒸し暑さがこもっていた。耐え切れなくなったアーシィはTシャツを脱いで手に持ち、はー、と熱い吐息をもらした。遠くで、少女が彼と同じように服を脱ごうとしている。普通の状態だったら慌てたかもしれないが、熱のせいで彼の頭はぼんやりしていて、『こういう昔話のワンシーン、あったなあ』と考えただけだった。
彼女の脱いだ服はきれいに畳まれて岩場に据え置かれた。アーシィが驚きに目を見開いたのは全裸になった彼女がサークレットを外した時だ。左半分の髪の毛がほとんどない。先日、一緒にいた時には気付かなかったのは、右の髪を左へ撫で付けて隠していたからだ。そうだ、あの髪。あの白っぽい象牙色は──アーシィが毎日のように語りかけていた、エストの角の色とそっくりだ。
「──エスト?」
ぴく。と小さい肩が反応する。少女は殊の外うれしそうに、満面の笑みでアーシィの方へ振り向いた。
「ようやく分かってくれた。待ってたよ。ずっとずっと、ずーっと待ってたんだから」
「どうしてすぐに名乗り出てくれなかったの?」
「言葉を奪われる瀬戸際だったの……」
聞けば、あの大怪我を治すために訪れた先で、魔女に魔法をかけられたのだという。自身の名を呼んでもらえるまで、彼に対してだんまりを続け切れれば、魔法が解ける。もしも彼に再会してから、名を呼ばれる前に自分から言葉を発してしまえば、その時には口がきけないようになると言われていた。
「ぼくが追いかけているの、気付いていたんだね?」
「わざと少し姿を見せて、追ってきてもらったの。ごめんね? 他の人には見せたくなかったから……」
「ぼく以外、誰もいなかったよ。人が悪いな」
「人じゃないもの、なんて。……だから、ごめんってば。……怒ってる?」
「そうじゃないんだ……驚いて、でもどうしたらいいのか分からないくらい、やっぱりうれしくてさ」
「うん。私も」
「うれしいよ。うれしい……はは。情けないな、会えたら、話したいことがたくさんあったはずなのに、全部吹っ飛んじゃった」
「いいよ。話す時間なら──たくさんあるじゃ、ない……?」
少女が両手をアーシィの肩に乗せて、しな垂れかかった。さすがに全裸の少女に触れられると動揺して、心臓が早鐘を打つ。あろうことか彼女は自分の体重をアーシィにかけて彼を押し倒してくるのだ。
「ちょ。待って待って待──っ痛っ!?」
首筋にぷつりと皮を破られる感触。そこから伝う液体の感覚。真っ赤になるほど暑いのに、真っ青になるほど驚愕して彼は目を見開いた。頭上の──岩肌の床から硬いものがぶつかる音がする。その後、蒸し暑さをすべて取り払うような突風が吹いて、大きな翼を背に生やした片角の鹿が眼前に現れた。その生き物はアーシィの上に乗っかっている少女を横殴りにする勢いで蹴り飛ばし、彼を庇うような立ち位置で、転がっていった少女に対峙した。ひと頃は毎日のように聞いていた、呼び鈴のような声が耳に響く。
「私のマスターよ!」




