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「××××。×××、×××××」
「○○。○○○○?」
「△△△。△△△△」
気安く話しかけてくれるのはありがたいのだが、何を言ってるのかさっぱり解らない。
「あー、うーと。{もっと、ゆっくり。かんたんに}」
アーシィが標準語で頼むと、皆がうんうん頷いた。
全身の肌が赤味がかっている恰幅の良い男性が、両手の人差し指で四角を一つ描きながら言う。
{ロッカー、使わないのか?}
{お金使いたくない}
{じゃあ、ボーチは?}
{ぼーちって何ですか?}
{あれ}
側まで来れば身長二メートルはありそうな大きな人虎が、ちょっとだけ爪を覗かせた丸っこい指で差し示した。その先には、グラマラスな女性が手首からぶら下げている紐付きの球体があった。中に空気が入っているのだろう、湖面に浮かんでいる。女性が艶っぽい笑顔を浮かべてウインクした後、球をぱかりと割って見せてくれた。中には服やタオル、財布などが入っていた。
{へえ、良いなあ。いくら?}
{あそこで借りるの。一時間なら無料よ}
{次は使います。ありがとう}
それからは世間話に花が咲いた。
どこから来たのか。何日滞在するのか。美味しい屋台の情報交換。押さえておきたい観光名所。避けるべき危険区域についても。
{森とかですか?}
{森も深くは危ないが……それよりクレーターだな}
{くれえた?}
{あー……山の上の、火が出る}
{ああ!}
どうやら火口のことらしい。アーシィは、はいはいと頷いた。それはガイドブックにも書いてあったのだ。常に煙が上がっているフィアンタ最高峰。その頂は観測隊以外は立ち入り禁止であるという。
温かい湯の中で膝を抱えて背を丸め、肩まで浸かって、目線の高さを同じくしている湯治客たちにあの獣について問いかけてみたが、宿屋で給仕に聞いた以上の情報は得られなかった。
* * *
筋肉痛がだいぶマシになったので、ダメ元で森へ行ってみた。収穫はなしだった。
森も広い。しらみつぶしに探してもいいのだが、日にちが足りなくなることを恐れている。何か手がかりが欲しかった。
心で呼びかけたりもするのだが、返事は返らない。
「僕のこと、忘れてないよね……」
宿屋の昨日と同じ部屋。前金でひとまず一週間分を支払ってある。その部屋のベッドの上で寝転んで天井を見上げて、深いため息を一つ。
夢にまで見たフィアンタ入りを果たして、きっとすぐに見つかるなんて根拠のない期待をかけていたけど、現実はそんなに甘くなくて。落ち込みそうな自分の気持ちを首を振って持ち上げる。
まだ一日目だ。
そう自分に言い聞かせて目を閉じる。
焦らない。引き下がらない。前へ進むんだ。これまでもそうだった。この先も変わらない。
きっと、見つかる。
食事に行くつもりだったが、いつのまにかアーシィは寝息を立て始めていた。
昨日はなかったカーテンが掛かっている窓辺から、柔らかな月の光が差し込み彼の足元を照らしていた。




