表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻獣図鑑239ページ  作者: 夜朝
第9章 旅立ちとわずかな焦り
43/66

9-3

 湿った黒い土の街道を少女の歩調に合わせてゆっくりと進んでいく。近づいてきた約束の場所。気持ちが急かないはずもなかったが、急いては事を仕損じるとも言う。エストが逃げないのは分かっていることだし、どうやって探すのかも考えていなかった。ここで少しくらいのんびりしても良いだろうと思う。


「僕は名物の石段を一番上まで登って宿に泊まるつもりなんだ。君とはどこまで一緒かな」


 石段はまだ木々に阻まれて見えないが、この路の先にはそれしかないはず。ただ、フィアンタ住民の居住地は階段を登らなくてもトンネルを抜けて向こう側に広がっているらしい。なのでアーシィは聞いてみた。


「階段の手前まで? 違うの。途中でわき道に入るのかな。おや、そしたら頂上まで一緒? すごいね地元っ子は。今からだと着く頃には夕方なんじゃない?」


 それまで頷くか首を振るかしていた少女が、そこだけ真っ直ぐにアーシィを見つめて、きゅ。と握っている手に力を込めてくる。よく分からなくて、彼は質問を変えた。


「ええと──お昼ご飯どうするの。持ってる?」


 持っているようには見えなかったが一応聞いてみた。彼女はやはり首を横に振る。心配になったところで、彼女の左手が森の方を指差した。にこにこ満面の笑顔。


「そっか、僕と同じだ。じゃあ集めながら行こう。木イチゴが美味しそうだよ」


 まだ夏なので食べられる木の実はそう多くない。狩をしてもよかったが、目の前の少女を見ていると何となくためらわれた。念のために肉が欲しいか聞いてみたが、めいっぱい否定されたのでやらなくて良かったと思った。

 木の実を求めて一度だけ森に分け入ったのを除けば、後は道なりに順調に進んだ。階段に腰かけて店開きをし軽い食事を終えたら、長い長い曲がりくねった階段を登っていく。最初のころこそ良い調子で、ちょいちょい少女に質問する余裕もあったが、一時間もすると口数がめっきり減り、二時間目にさしかかる頃にはぜいぜいと言う吐息の音しか聞こえなくなっている始末だった。対する少女は、息も乱れず涼しい顔だ。


「す……すごいね、地元の子は……ちょ、きゅうけぃ……」


 アーシィは階段に倒れ込むようにして腰を下ろした。投げ出した両足が熱い。そう、平らな土地でも五時間も歩いたら休憩が必要だ。ましてや階段を歩いていて、一気に登りきれるはずもなかった。

 少女が右手をうちわ代わりにアーシィの足をあおいでくれた。切れ切れの声で礼を言う。彼女の目が細められた。ふー、と深く息を吐いてうつむき目を閉じる。全身汗まみれになってしまったと思っていたら、頬を伝う汗をペロリと舐め取られた。驚愕のあまり閉じていた目を大きく見開く。その大きい目のままで彼女の姿を映しこむと、彼女はきょとんとしていた。小首が傾げられて、白い髪がさらりと揺れる。アーシィはポカンと口を開けて舐められた頬を手のひらで押さえた。ただでさえ暑かったのに、真っ赤になって余計に暑くなる。どもりながらようやく言った。


「え、と。あの、あ──う、あの、あのね、そ、そそそ、そういうことは、しない方がいいんだよ?」


 少女は頭上に疑問符を飛ばしながら不安そうな顔をして両手をアーシィの左肩にのせると、丸みのある頬をアーシィのそれへとすりつけてきた。思い切り体重をかけられて、押し倒された格好だ。甘えるような仕草は、これが例えば今は亡きエリシャや幼い親戚の子であれば『可愛らしい』で済んだのだが、今日初めて会ったばかりの──しかも彫刻を思わせるような整った顔立ちの歳も近い少女にされると、意識してしまってそれどころではなかった。


「わ。わ、わ、わ──!? ちょ、ま、やめやめっ。すとーっぷ!」


 疲れなどどこかへ吹っ飛んでいった。アーシィは少女の肩を押し返して自分の身も起こすと、慌てて立ち上がって彼女から距離を取った。彼女はミカン箱に入れられた子犬のような雰囲気を漂わせて階段の上に座っている。

 ──そうだ、この子は僕のことを心配してくれていたんだ。

 それでどうして汗をなめたり頬ずりをしたりしてくるのか分からなかったが、ひとまず悪気がないことと、アーシィの動揺の理由が理解できていない様子なので、逃げるのはやめておいた。

 ややためらったが、右手を差し出して彼女の手を引っ張り立たせる。


「ごめんね、びっくりしたんだ。──でも、知らない人にそんなことしたら、誰だってびっくりするよ? これからはやめておこうね」

「……、……」


 少女は口を開いたまま何か言いたそうな顔をしてアーシィの手をぎゅっと握ってきた。何度目か見せる表情。アーシィはどうもその顔が気になるのだが、心中を察してあげることはできなかった。一度握り返した手を緩める。彼女も手を離すだろうと予想していたが、握られたままだ。ため息を吐き出すとともに肩から力を抜いて小さい手を握り直し、また階段を登り始める。少女の顔に笑みが戻ってきていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ