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幻獣図鑑239ページ  作者: 夜朝
第9章 旅立ちとわずかな焦り
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9-2

 出発してから三日間は何事もなく過ぎていった。四日目になると坂が多くなり、五日目には街道に合流した。大きな温泉が近いせいか蒸し暑くなってきているが、温泉にありがちな硫黄の香りはしてこない。路銀は無くもないが、いざという時のために置いておきたいので、兎の毛皮を四匹分、お金に替えようと思って背負い鞄に入れてある。野宿の間に仕留めたものだ。食事で贅沢しなければ、この皮だけで五日分の宿が取れる。リミットは二週間後。フィアンタに着いてからも数日は野宿しなければならないだろう。


 脳内であれこれ計画しながら歩いていると、ふと視線を感じた。立ち止まって左右を見回す。街道の右側は下りの森になっており、左側には上りの森が広がっている。出発前に購入したガイドブックによると、この街道の終点は長い階段になっており、大人が五時間ほどかけて登った後、今度は下りに変わった階段を三時間ほど降りていくと目的地であるフィアンタの街に着くそうだ。階段を登りきったところにも宿屋があるらしく、温水湖の湯治客が灯すロウソクの明かりと夜空の星が夜景として素晴らしく、あえて一泊する客も多いとのこと。アーシィもそこへ泊まるつもりだった。

 ガイドブックの記載を思い描いていた脳内を、先ほどの視線の主を探す気持ちに切り替える。

 ーー特に生き物は視界に入ってこない。気のせいかと思って歩みを再開するが、やっぱりまた感じた。今度は後ろからだ。歩みを止めないようにしながら、勢いよく肩ごしに振り向くと、今度は視界に捉えた。視線の主は、中学生くらいの女の子だった。

 どこか馴染みがあるような淡い茶色がかった白い長髪を左横から撫で付けて右側へ流している。細身のサークレットで押さえて形作られたその髪型と相まって、肌の白い少女は美術の教科書に出てくる彫刻を思わせた。大きな黒い目に小ぶりの鼻と唇。辛めに採点しても愛らしい部類に入る。彼女はしばらく無言でアーシィと目を見交わした後、何か言いたそうに口を少しだけ開いて、あきらめたような途方にくれたような顔で唇を閉じた。瞳が潤んでいる。

 アーシィは自分が何かすごく悪いことをしているような気分になって、困り顔で首を傾げた。


「ええと……君、わっ? え、ちょ……どうしたの?」


 君と呼んだ途端にその濡れた瞳のままで駆け寄り、すがり付いてきた少女をどうしたらいいか分からず、アーシィは両手を彼女の肩の高さに上げてさまよわせた。今、胸元にある少女の頭は彼を見上げて小さく震えている。


「ええと……大丈夫? あーゆーおーけー?」


 フィアンタの言葉は分からないが、大陸全土で一番使われている標準語は中学の頃から習っているので片言なら話せる。しかし通じていないのか、返事は得られない。聞こえてはいる様子なので、標準語と母国語とを織り交ぜて話してみると、アーシィが母国語を話している時にうなずいて、標準語の時には首を横に降る。幸いなことに、母国語が通じるらしい。


「ごめんね悪いこと聞くけど……もしかして喋れないの? 口がきけない?」


 緊張しながら聞いた言葉に彼女は最初首を横に振り、その後、少し考えてからうなずいた。


「どっち」


 ざっくりと問いただすと、少女はいよいよ泣きそうになって必死にアーシィの両手を握る。その手を握り返して上下にぶらぶらさせながら、しばし黙考。アーシィは覚悟を決めて一つうなずいた。


「君、一人? そっか……じゃあ、この辺りに住んでいるんだね? うん、そうだよね。ええと……」


 疑問符へうなずいて返す少女はどことなく安堵しているようで、アーシィは『はい』『いいえ』で返せる質問を心がけながら何とか彼女のことを知るように努めた。目で見て分かることはそんなに多くない。シンプルなデザインの白いワンピースに、真っ赤なサンダル。手荷物はないからおつかいの線は薄い。


「遊んでいたの? ーー違うのか……。じゃあ用事があったのかな。へぇ用事? これから行くところ?」


 最後の質問を否定されたので、どうやら用事を終えて帰っている最中らしい。途中まで一緒に行くかと尋ねると、それはうれしそうな笑顔を見れた。思わず見とれてしまうほどだ。アーシィも笑い返して、右手のほうだけ解くと左手はつないだままで歩き出した。

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