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結局、アーシィが段を取ったのは中学二年生の夏休みだった。
運が良かっただけと自称しているナッチは初段を中学一年の二月。二段をアーシィの初段と同時に取っていた。
ナタリーは既に学校を去っていたが、アーシィは折に触れて彼女に手紙を書いていた。
『やっと初段試験に受かりました! おかげさまで、これで晴れてエストに会いに行けます。ありがとうございました!!』
段は初段までで止めるつもりだった。しかしナッチの影響もあり、中学を卒業するころには仕留めた獲物をさばくことさえできるようになっていたアーシィは、高校に入ってからすぐに二段を受験し、これに一発で合格。両親からも一人旅に必要なスキルは全て身についたと太鼓判を押され、高校一年の夏休みに望み通りエストに会うための旅に出発した。
* * *
フィアンタは観光地として名高い。巨大な温水湖は幻獣たちの憩いの場だが、彼らに混じって人間も湖に浸かっている写真が小学校の教科書に載っていた。故に、アーシィの手荷物には水着も含まれていた。
「そういえば、あの時のケガはどうなったのかな。跡は残っているだろうけど……さすがにもう治っているよね」
地面の上にあぐらをかいて両足首を両手でつかむと背を逸らして空を眺める。笑みに持ち上がる頬が抑えられない。
「ああ、僕に会って分かってくれるかな? 背もだいぶ伸びたし……顔も割と大人っぽくなってきたし」
焚き火の明かりを頼りに木々の間に布を張る。ハンモックの要領だ。街道を行くと二週間はかかってしまうところ、森を突っ切れば一週間もかからない計算だった。一刻も早く目的地につきたかったので、アーシィは両親に感謝しながら野宿することにした。この森には狼はいないし、熊は今の時期は人を襲わない。
夜寝る前にサボりがちな日記を今夜に限って書きたい気分になったが、荷物になるのが嫌で置いて来てしまった。白黒からカラーに変わったばかりのテレビを観たい代わりに空を見上げる。木の葉の合間からわずかばかりの星が見えた。焚き火を消すと、真っ暗な森のあちこちに細い月明かりが降り注いだ。ハンモックに乗ると体から急速に力が抜けていく。
ーー意外と、疲れていたのかな?
アーシィは目を閉じると十も数えぬうちに眠りの世界へと落ちていった。




