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「ああくそっ。取られたか!!」
悔しそうに木型から矢を抜いているナッチの元へたどり着くと、アーシィは申し訳なさそうに笑いながら駆け寄った。
「悪い。いやでも、ほら、先に見つけたの僕だし」
「それを知ってたから負けないように頑張ったのに、くそ。早く持ってけ。次はオレが取るからな」
アーシィは自分の胸元めがけて放り投げられた木型を礼を言いながら受け止めた。ナッチはすぐに走り出して木々の合間に紛れて見えなくなってしまった。
「…………」
アーシィは動かない。視線は手の中の木型に向けられている。そこに、あるものを感じ取ったからだ。
「……温かい……」
それは自分の弓から感じられるものと同じ、火の属性を持つ監督官の魔力だ。それに気づいたことによって、アーシィはナッチより少しだけ優位に立った。得意な分野で勝負しなければ、勝てるものも勝てない。
アーシィは目を閉じて心を外へ向けた。まず近くにある木々を脳裏に思い描く。次いで、左側に広がる草原。それを囲む木々。森と湖。今、手の中にあるものと同じ温もりが森の中に幾つか感じられる。湖のほとりにある一際強い気配は監督官本人のものだろう。一番遠くに感じ取れる気配に、冷たさとまぶしさとが迫っている。水の属性と光の属性の人物が狙っているのだろう。負けたくない。ここから一番近い木型は? ーー気配は、右手の森。頭上。小鳥か。アーシィは目を開けて、木型を腰のベルトにくくり付けると矢を回収して矢筒に納めた。先ほどから位置の変わらない小鳥の気配をたどって、十数歩、森に分け入った。小鳥が射程範囲に入る。鳴き声が複数聞こえてくるが、魔力を感じるのは一匹分だけだ。となると、生身の小鳥が近くにいることになる。当てたら減点になる。二匹とも動かないように祈りながら、葉陰から見え隠れする青い色めがけて矢を放った。
ーーピィッ……
短い鳴き声の後、ガサガサと小さな塊が枝葉に擦れる音。それが段々大きくなって、やがて数枚の木の葉と一緒に矢が刺さった木型が地面に落ちてきた。アーシィは右手を胸の高さで握りしめて密かに喜んでから、二匹目の獲物をまた腰にくくり付けた。後は時間との勝負だと思った。
* * *
結局アーシィは、小鳥二匹と兎一匹、合計三つの木型を手にして終了の鐘を聞いた。ナッチは鹿と猪を一匹ずつの計二匹。勝った負けたと言い合って喜ぶ二人だったが、当然のごとく上には上がいて、あの最初の小鳥を仕留めた女性が小鳥ばかり集めて五匹という記録を出しており、今回の合格者は彼女に決まったのだった。
「くっそ。次こそ誰にも負けねー」
「いやいや。次に段を取るのは僕だ」
「そっか、お前、次点だったもんなあ。あり得るか」
「そうだよ。コツはつかんだしね」
「なにぃ!? そんなんあるなら教えろよ!」
「あはは。ナッチに判るかなー」
首に巻き付けられるナッチの腕を両手で握って笑うアーシィ。
大丈夫。次こそはーー
そう何度も言い合って、二ヶ月後の試験に思いを馳せるのだった。




