8-3
急いで出発しようとしていたアーシィとナッチは、後ろから発せられた破裂音に足を止めた。肩ごしに振り向くと、空へ構えていたライフルを下ろしている女性の姿が瞳に映った。次の瞬間、二人の爪先が向いていた方向からガサガサと木々の枝を揺らす落下音が響き渡る。そちらへ近寄ると、頭の羽が青い小鳥がその羽を数枚散らしながら落ちてくるところだった。それは地面へ落ちる頃にはすっかり元の木型に戻っていて、カラカラと乾いた音を響かせて土の上を転がり、監督官の足のそばで止まった。彼女がそれを拾い上げる。
「……お見事。さあ、皆さん。後十四匹ですよ? お怪我なさらないように励んでください」
急いでいるという表現が合わなくなり、焦り出す参加者多々。以前から素早さに自信のあるナッチは他の誰より速く森の中へ分け入っていった。アーシィも慌てて後を追った。
* * *
真夏の昼空のように鮮明な青を森の中に求めて、もう二時間ほど経っているはずだった。アーシィは広い視界を確保したくて湖の向こう岸にある草原に沿って生えている木に登り、辺りを見回した。生身の動物だったら小鳥や兎などを何匹か射程範囲内に見つけているのだが、例の木型たちが見当たらない。遠くから本日三度目の破裂音が聞こえてくる。先刻の女性がまたライフルを撃ったのだろうか。腕の良い人だった。きっと外していないだろう。ナッチはどうしたのだろうか。彼は中型の動物を捕らえるのが得意なのだ。今ごろ鹿や猪を狙っていることだろう。
ーーと、ようやく見つけた。青い頭の兎が草むらから顔を覗かせている。矢をつがえて弓を引き絞ると、迷いなく弦から指を離した。命中を信じて疑わなかったアーシィの両目が見開かれる。一瞬前まで兎がいた場所が突然空になり、標的を失った矢は木の根元の地面に深々と突き刺さった。その矢から少し離れたところには兎をくわえた狐の姿。
「な……っ」
これでは狐が邪魔で兎を狙えない。しかしあの兎はどうしたことだろう。まだ動物のままで暴れていて、木型に戻る気配はない。狐は兎をくわえたまま頭を振って兎から力が抜けるのを待っている。そこへ木々の向こう側から現れたのは短剣を構えたナッチだった。彼はアーシィが射た矢を見て狐を見てまた矢を見てーー短剣を利き手と反対の手に持ち直した。そしてそーっと狐に近づき、そのうなじに手刀を打ち込まんと構える。すごい、あそこまで近づいて気付かれないのはさすがと言うべきか。彼は気配を隠すのが上手なのだ。もしあそこにいるのがアーシィだったら、狐はとっくに兎をくわえたまま走り去っていただろう。だがーー
「悪いなナッチ……」
利用させてもらう。と、届かない声で自分勝手に詫びて、矢を二本手に持つアーシィ。ナッチが手刀を振り下ろすのと同時に、矢を二本立て続けに放った。続けざまにもう一本。
ナッチは弓使いがあの兎を狙っていることに気づいている。一本目の矢は短剣に阻まれてしまうだろう。直後に届く二本目を兎が避けると踏んで、三本目で仕留める。ーー仕留められる、はず。アーシィは三本目の結果を見届ける前に木から降りてナッチの居る所へと駆け出した。




