8-1
「おはよう母さん。もうお弁当つめちゃった?」
「これからよ。なぁに、何かリクエスト?」
「うん。あのね、肉っ気を入れずに野菜を多めにしてほしいんだ。何でも昼休みに昨日の獲物で焼肉をするらしくて。ごめん、昨日のうちに言い忘れてて」
「いいわよ。じゃ、入れようとしてたお肉は朝に食べて行けばいいわ」
「うん!」
アーシィは一瞬、もしも昼食を食べられなかったらどうしようかと考えたが、勢いよく首を横に振って朝食を平らげた。
ーー大丈夫だ。「いただきます」って、言うんだから。
アーシィはそう自分に言い聞かせて、学校への道を走った。
* * *
部員の中でも有段者は、肉をさばくのを手伝ったらしい。かぐわしい煙に包まれて肉を頬張りながら、アーシィは上には上がいることをかみしめていた。
「ちぇ。オレもやりたかったな」
「……ナッチ、次回はやらせてもらえば……」
「何他人事みたいに言ってんだ。お前も一緒にやろうぜ」
「い、いや。ぼく、段は初段まででやめるつもりだから……」
そんなやりとりを遠くから見つめて笑みを交わす顧問とナタリーの姿があった。
* * *
ナタリーが来てから早一月。
アーシィもすっかり的に当てることができるようになった。
けれど、生き物に当てたくない気持ちは相変わらずだ。そんなアーシィは近ごろ、百パーセント生け捕りにできる方法を模索している。
「そうだねえ。それなら睡眠網でも使ってみようじゃないか。ただし高価だから一枚をね。自腹で買って、大事に使いなよ」
「スリープネット?」
「そう。ペット用に幻獣を捕らえる時に使うんだ。傷を付けたら値が下がるからね」
ナタリーの案内でハンティングショップを訪れたアーシィは、貯めていたおこずかいだけでは足りず更に一年分を前借りして作った軍資金で、ぎりぎり手が届く一番小さな網を購入した。これを特殊な加工がしてある矢に仕込んで、当たったら開くようにする。大きい獣には使えないのかと思ったが、頭部さえ包めれば効果は発揮されるらしい。
「ナタリーさん。ありがとう……でも、また『そんな覚悟なら辞めちまえ』って言われるかと思ってた」
「おいおい。あたしだって本気を見せて食らいついてくるヤツをむげに切り捨てたりはしないよ。それがどんなに現実味のない夢に基づいた行動だってね」
「現実味……そんなにないですか」
「ないね。段も持っていない実力で意図的に生け捕りとか、まったくない。生け捕りってのは、偶然でなければよほど腕の立つベテランがやるもんだ」
落ち込んでがっくりとうなだれたアーシィの肩をバンと叩いて、ナタリーが続ける。
「まあ地道な練習からやってごらんな。案外、うまくいくかも分からないよ。ただ、やっぱり生け捕りじゃ二段は無理だけどねえ……」
「まあ、先のことは考えず目の前の目標だけに集中しますよ。もう受験の申し込みも済ませたんだし」
「おや、もう済ませてたのか。早いじゃないかい」
「受付始まったらすぐにね、ナッチが教えてくれて……」
「いい友達を持ったね、あんた」
「はい。本当にそう思います」
アーシィがほわっとした笑顔でうなずくと、ナタリーも笑って返した。
だがその笑顔は全体の七十パーセントくらいの、少し複雑そうなものだった。




