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日が暮れるころ、仕事帰りの母親が迎えに来た。
「アーシィったら週に一度は来てるんだから。ホントに好きね。お母さんにはよく分からないけど……」
「お母さんは生き物より花が良いんだもんね」
「そうそう、そうなのよ〜。やっぱりほら、こう、ぱぁっと明るくなるでしょう?」
「幻獣も良いとこあるよ!」
ガバッと万歳した両手を口元に持ってきてリスがどんぐりを食べる時のような仕草をする。
「好物を食べてる時の可愛い仕草、寝ている時ののんきそうな顔」
続けて手のひらを合わせた両手を左耳につけて両目を閉じる。更に自分の前髪を根本から毛先まで撫でつけて見せる。
「毛づくろいする時の愛嬌! ほら飼いたくなってきた〜」
少年が自分の目の高さまで持ち上げた両手をゆっくりと閉じたり開いたりして暗示をかける催眠術師の真似をする。エリシャもアーシィの横でその動きを真似た。アーシィの母親はエリシャの頭を撫でながら、アーシィの意見はすぱりと切り捨てた。
「お小遣い貯めて買いなさい」
「だって幻獣は高いじゃないか! スポンサーがいなきゃ無理だよ」
「前から思ってたんだけどさ、お二人さん。先に真獣を飼ってみちゃどうだい?」
「真獣を?」
「そう。手頃なサイズのさ」
リーヤが商店街のマップを持ってきて広げると、アーシィ親子が左右から覗き込む。ここから迷わずに行けそうな、簡単な道順だ。リーヤは笑顔で地図を畳みながら言った。
「ものにもよるだろうけど、幻獣よりは飼いやすい子がほとんどだろうから、練習になるよ」
「あら、良心的。商売っ気ないのね?」
「子どもからしぼり取る気なんかないさ」
その提案は二人にとってなかなか良かった。すっかりその気になった親子は礼を言いながら幻獣ショップを出ると、その足で同じ商店街の中にある真獣ショップへと向かった。真獣というのは生まれてから死ぬまでの間の全ての期間を人の目によって観察された獣のことをさす。
「手頃なサイズのか〜やっぱり両手で抱えられるくらい?」
「お母さん、あんまり大きいと怖いからイヤよ」
「じゃあ手乗りサイズ」
「それならイイわ。……って、あら。アーシィの買い物なのにね。アーシィはどんな子がイイの?」
「んーん。買ってもらえるならぜいたく言わないよ」
歩きながら両手を組んで後頭部に添える。その頭の中には図鑑で見た色々な動物の挿絵が入れ替わり立ち替わり現れていたが、少年は瞬きひとつでそれらを横へ追いやった。それを母は目ざとく指摘してくる。
「ホントは? 何かあるんでしょ」
「あはは……ホントは背中に乗れるくらい大きくなるのが良いんだけど、それだと全然手頃じゃないと思って……」
「ああ、ごめんね。確かにそれはちょっと困るわね」
「うん。だから良いんだ。……あ! でもそしたら、毛皮でもこもこしてる子が良いかな」
「あら! それってぬいぐるみみたいなってこと? それはステキね」
二人は手のひらサイズのぬいぐるみのような動物を求めて店員へ声をかけた。勧められたのはハムスターに羽の生えた、十年ほど前まで幻獣だった生き物だ。その名もエンジェルハムスターという。寿命は短いが丈夫で病気知らず、ペットフードも食べるが生の野菜も好物、トイレは一度場所を決めるとそこでしかしなくなる。
ふわふわもこもこした小さな物体がちまちまと前進する様子を見た母は一目ぼれしてしまい、一も二もなく飼うことを決めた。少年は何となくもう少し色々な動物を見比べてみたい気もしていたが、どうせ練習のために飼うのだし、スポンサーの気持ちを大事にしようと考えて黙って母の言葉にうなずいていた。
アンジェと名付けられた白い毛並みのハムスターは父親からも好評であった。