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「でも、あの獣はメイアさんとこの息子さんを噛み殺したんでしょう。人を殺すことに味を占めた獣は危なくて放置できないわ。どうしてそんなにあの獣を守りたいの? 何かあったの」
「僕は……僕は、あの子のマスターなんだ! だから何としても生きててほしいんだよ!!」
そう叫んだ途端、ハンターたちの顔色が変わった。彼らに動揺が走った後、代わる代わる詰め寄って言い立てる。
「お前が噂のはぐれ主か! そのまま絆を絶っとけば俺たちにもチャンス有ったのに!」
「返す返すもうらやましいやつ! いっそあいつと一緒に死んでしまえもう!」
「そりゃ生きててほしいだろうよ! その歳から忠実なしもべなんて持つもんじゃないぜホントに……!」
アーシィは何故イオが自分を殺そうとしたのかようやく解った気がした。きっとうらやましかったのだ。しかし、彼のことを思い出してしみじみとはしなかった。最後の言葉にカチンときたからだ。彼はまだ薄い胸を精いっぱい反らして言い返した。
「僕はマスターだけど、あの子とは友だちだと思ってる。しもべなんて望まないし、あの子をそんな風に扱おうとしてる人たちにこの権利は絶対ゆずらない」
「かっこいいこと言ってるけれどね、アーネスト君。権利を主張するには責任を果たす必要があるわ。あの獣に、人を殺めないように言うこと聞かせられるのかしら?」
「何度も言うけど、あの子は絶対に人殺しじゃないよ」
「犯人……ならぬ犯獣のマスターに言われても説得力ないよな」
「それでも聞いてほしい。真犯人はイオさんだし、あの子を疑うように仕向けたのはヨーダさんだし」
「そんな名前のハンターがこの町に来てるのは知ってるわ」
「今はどこにいる?」
「もう逃げちゃったよ」
「反論できない人間を適当に犯人に仕立て上げたってか?」
「違うよ聞いて! あーと、そうだそれに、あの子はずっとパンや果物を食べてた。きっと草食なんだ。歯型だって調べれば違うはずだよ」
ハンターや町民たちが無言で視線を交わし合った。その後、一人が輪の中から歩み出てアーシィへと質問してくる。
「イオというハンターが犯人だという証拠はあるのかな?」
「イオさんの持っていたノコギリの刃を二枚重ねたような剣がうちにあるんだ。それと、殺したのは自分だと、僕を殺そうとした時に確かに言ったんだ」
「君を殺そうとした。それはいつの話だろう」
「昨夜。父さんと母さんが守ってくれて、イオさんも一度は捕まえたんだ。けど、逃げられた」
「ヨーダとは、そのイオの連れかな」
「うん、僕の家にあの獣の目撃情報を聞きに来たときは一緒だった。ヨーダさんがウソをついたのは、自分たちハンターへ向けられる疑惑の目を逸らすためと、あの獣を殺す理由づけがほしかったからだって、イオさんは言ってた」
「それが本当ならイオという名の人殺しがまだ捕まらず逃走中なのだね。ディール君。早く手配書を回さなければならなかった。ご両親はどうしていたんだ? 警察には」
「父さんと母さんはイオさんを捕まえてから警察を呼んだんだ。ロープで縛ってたから安心してて、警察が来ないうちから全員そこを離れてしまって……」
「それはうかつだったね。しかし、殺人犯を一度は捕まえたり、君のご両親というのはずいぶん……」
「僕がお腹に出来るまで、二人とも冒険者だったらしいんだ」
「冒険者。あれか、腕に覚えのある者が特技を活かして様々な依頼を受けて得た報酬でその日暮らしをする……」
その日暮らし、というところが若干気恥ずかしくて、アーシィは無言でうなずくにとどめた。先ほどからていねいに質問してくれていた人物が、先生と呼ばれて振り返る。
「どうするんですか先生。子どもの言うことを真に受けるとでも?」
「いや、しかしですよ。私の耳には筋が通っているように聞こえるものですから……彼の言う通り、歯型を調べるのが手っ取り早いのですが、あの調子ではもう森を半ば越えているでしょうし、捕まえるのも主が呼び戻すのも難しいでしょう。あとできることと言えば、彼のご両親からも話を聞くことくらいでしょうね。それから先は警察の仕事です」
「そういうことなら何でも聞いてほしいけど……」
「……大抵のところは息子に代弁させてしまったな」
「父さん、母さん!」
「事実は、息子さんが言った通りですか?」
「はい。間違いありません。先生」
父親が答えている間、アーシィはこっそり母親に耳打ちしていた。あの先生というのは誰かと。パルミラが言うには、中学校でハンティングを教えている教師なのだそうだ。中背で体格を隠すような服を着ており、あまり鍛えられた印象はないので、その回答はアーシィには意外だった。視線に気付いたのか、その中年教師はアーシィとしっかり目線を合わせてから、軽くウインクしてみせた。
「大丈夫。僕は君の言うことを信じるよ。そして、味方になるって決めた」
「ありがとうございます!」
今までまともに取り合ってくれない大人ばかりだったから、アーシィは嬉しかった。シャキッと直立して大きい声で返事をすると、その頭をパルミラになでられた。
続いてアーシィの側へやってきた父親は、白いシャツがなくなっている鎖骨の辺りをそっとつついて言った。
「シャツはどうしたんだ。あの獣に?」
「うん。血を止めようと思って当ててあげたんだ。止まらなかったみたいだったけど……」
「そうか。結果はともあれ、良いことをしたな。ーー母さんが聞いたら、もったいないって言うかもしれないが」
「そこは大目に見てもらいたいなあ」
「いやいや、主婦というのはお金に厳しいものだ」
「うんうん、実に難しい問題だね」
「言わないわよ、もうっ」
パルミラがこめかみをヒクつかせながら硬い笑顔で言った。二人はしてやったりと拳をぶつけ合った。




