4-7
付近に街灯がないアーシィの家は、屋内や玄関の灯りを点けなければ庭に明かりが届かない。ただ、今宵は月が煌々と輝き、周囲のものもよく視界に映っていた。だから、獣に与えられた仕打ちも、家に到着したアーシィの位置からよく見えていた。
いつの間にか第一段階から第二段階に姿を戻していた獣は長い首に二本のロープを掛けられて、背には矢が突き立てられている。顔にめがけてつぶてが幾つも投げつけられたのだろう。あちこちから血が幾筋も滴り落ちている。そこへもう一つ、決して小さくはない石が獣の目元をめがけて飛んでいった。走って家までたどり着いたまでは良かったが、あれがもし自分にぶつけられたらと思うと怖くて、その先の最後の一歩が踏み出せない。大声で止めようともして、両手をぎゅっと握りしめて口を大きく開けてみたりもしたのだが、そこから声が出せないのだった。情けない自分をしかりつけて、ようやく一歩前へ進み出せたのは、獣の声が聞こえたから。
ーー助けて。マスター!
「ぅああああぁぁ!! もう止めて、みんな!!」
「こらぁ、どかんかディールんとこの小せがれ! そいつは人殺しじゃろう! 殺処分が原則じゃ!!」
「エストは人なんか殺さないよ! 本当の犯人は逃げたんだ!」
その時、二ヶ所で人のうめき声が上がったかと思いきや、獣の首にかかっていたロープがゆるんだ。続いて上がる声はパルミラのもの。
「ひとまずお逃げなさい! アーシィは危ないから部屋へ戻るの。こういう時、大人は大人の言うことしか聞かないものよ」
ーー離れて一人になるのはイヤ……ようやくつながったのに……
「エスト……行けるものなら一緒に行きたい。でも、怖いのもあるんだ僕は臆病者だから。ーー誓える?」
ーー空を渡る風にかけて誓うわ! もう、落とさない!
「よし! 行こう!!」
獣が身を屈めるのに合わせてその背に飛び乗ったアーシィ。彼を挟むようにして大きな翼が羽ばたいた。一度、二度。三度目で獣の足が地面から離れた。上から軽く押さえつけられるような感覚があり、アーシィは獣の首根っこに抱きつく。お尻に棒状のものが当たる感触がしたが、あまり構っていられなかった。
「アーシィ! ダメよ、戻って!!」
「ごめん母さん! でも今、エストには僕が必要なんだ!! ーーもう、諦めて後悔するのはやめるんだ!!」
獣は瞬く間に高度を上げて屋根より高い位置まできた。そして空中で旋回して天を駆け出す。
頬を撫でた風が耳元でうなっている。自分にかかっていた重みがなくなると、アーシィは獣の首にかかっているロープを手綱のように握って周囲を見回した。何もない暗闇の中で月光に照らされた獣の後頭部がつやつやと輝いて見える。下に目線を転じれば、主要な通りに置かれた街灯の灯りが町の扇形を形作っているのがよく分かった。
「キレイだね……そっか、これが……」
エリシャが最期に見ていた景色。そう思うと、少しだけ安心して、また少しだけあふれてきた涙を指先で拭った。
獣はどこかへ目的地を定めたらしく、徐々に降下を始めた。向かうところが森だと分かるまでにそう時間はかからなかった。獣は森の入口に立ってもすぐにはアーシィを降ろさず、数日前にピクニックをした泉の側までやってきた。




