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幻獣図鑑239ページ  作者: 夜朝
第4章 幻獣を守りたい
22/66

4-5

 泣き疲れたアーシィの涙と血が止まったころ、リーヤもやってきた。彼女はエリシャの死体に近寄ると、自分が死にそうなほどの苦鳴をあげて泣き叫んだ。何があったのかサーディスに聞かされたリーヤはエリシャの足から矢を引き抜き、イオの喉元に突き立てようとした。それを横に転がって避けたイオ。すぐ側の地面に矢が刺さったのを横目に見てイオもさすがに青ざめていた。リーヤはなおも泣きながら腰にある小剣を鞘から引き抜こうとしていたが、それをパルミラが止めた。


「エリシャちゃんは、そんなことしても返ってこないわ。むしろ、それでお母さんが人殺しになるのを悲しむんじゃないかしら?」

「パルミラ……でも、でも……」


 独身時代からの親友に諭されてあふれる涙を手のひらで拭うリーヤ。パルミラはリーヤを抱きかかえるようにして言葉を続けた。


「どうせ警察に突き出して裁判にかければ死刑になるだろう男よ。あなたが手を汚す価値なんてないわ」

「死刑執行人がうらやましいなんて、生まれて初めて思ったよ……ふ。ふふ……くそっ。早く死んどくれ!」

「目の毒よ。あんな男、見ない見ない。ーーそれより、エリシャちゃんの血を洗ってきれいにしてあげましょう」

「ああ……ああ。そうだね、キレイにしてやんなきゃね……あの子、毎日泥んこで帰ってくる割にキレイ好きだったから」


 リーヤは涙でぐしゃぐしゃになった顔をパルミラの肩に押し当ててしばらくの間泣きじゃくっていたが、やがて提案にうなずいた。それでも、拭っても拭ってもあふれてくる涙ばかりは止めようがなかったが。


「だから言ったんだよあの子に……もし落ちたらどうするんだって。危ないから止めろって。もっと強く引き止めれは良かった。後悔してももう遅いの。エリシャ……エリシャ……」


 リーヤの背に手を添えるパルミラへサーディスが声をかける。


「俺もアーシィの傷を手当てして寝かしてくるよ」

「ぼく、眠れそうにない……エストは? ねえ、あの子はどうなるの」

「あの獣? そうね……純情君が真犯人として捕まれば、あの子のほうは自由になれると思うわ」

「早く警察に来てもらおうよ。それまでエストは隠しておくんだ」

「隠す? まさか、うちの中にか」

「そうだよ。他に良いところある?」

「おいおい、落ち着けアーシィ。あのサイズをどうやってかくまう。そんな豪邸じゃないぞ」

「ねえエスト。姿を変えられるんでしょう? 小さくなれない?」


 とっさの思いつきで深く考えずに言ったことだ。獣からの返事がないのでダメなのかなと細い肩を落とした隣で、獣がじっと動かずにいる。血だけは止まっているが、まだ傷跡が生々しく、激しい運動をしたらまた傷口が開きそうだ。獣は自分の折った角とアーシィとを交互に見つめた後で、主の心に直接、語りかけてきた。


 ーー小さければ何でも良いなら、一つ前の姿に戻れるわ


 聞くが早いか、焼き鳥の軟骨を噛み砕くような音が何度となく辺りに響き渡って、白っぽかった角や毛並みが徐々に黒く染まっていった。少しずつ確実に縮んでいく身体。角だった箇所が長い毛に変わった。左の頭がはげて真新しい傷跡が見える。形状としては小さい子犬。黒い艶やかな毛並みが印象的だ。アーシィとパルミラには見覚えのある姿だった。


「「あの時の……」」


 ーーあの時、うれしかったけど、すごくさみしかった……ううん、今はそんなこと言ってる場合じゃないね。マスターも傷の手当てしなきゃ


「うん。そうだね、ありがとう」

「アーシィ、まさか、その獣とーーエストと喋っているの?」

「え? 母さんには聞こえてないの?」

「母さんだけじゃない。父さんにも聞こえてないぞ」


 顔だけ血を拭って後は全身血まみれのエリシャを抱いているリーヤも同様であるらしく、怪訝そうな顔でアーシィを見つめている。彼女は当然のことながらアーシィの独り言よりも娘の冷えた身体のほうが気になるようで、今も肩に娘の血を浴びた状態で、かたくなりつつある頬に自分の頬を触れさせていた。


「待たせてごめん、みんな。中に入ろう? リーヤさんも」

「そうよ。うちのお風呂、使っていって?」

「ありがとう。でも、着替えがないからねーー家に帰るよ。あいつが捕まるのを見届けた後で……!? いない!?」

「いないって!?」


 その場にいた全員が、イオがいた場所へ振り返った。そこにはクロスボウの矢と切られたロープがあるのみで、大男の痕跡などかけらもない。


「くそっ、どこ行ったんだい!? 許さないよ! 絶対にお前だけは!」


 鬼の形相で叫んだ後、エリシャの亡骸を強く掻き抱いてわあわあと泣きじゃくるリーヤを壊れた家に招き入れて何度も頷くパルミラ。


「ええ、そうねーー許しちゃダメだわ。そして永久に、この罪を問い続けるの。『自分のしたことが分からないのか』って。永久にね」

「ぼくが折った角が三本とも無くなってる」

「ノコギリ剣は壊れてるせいか、捨てていったな」


 アーシィと父が現場を確認していると、ようやく警官が到着した。アーシィは聞かれるままことの顛末を説明していった。


「イオからアーシィへの殺気には気付いていたが……偶然ってのは……」

「仕方ないわ。あの場に自分が居たらって思うけど、居たとしてもどうにもならなかった、とも思うものーーああ、今夜は……冷えなければ良いわね」


 自宅の壊れた壁を見やって、パルミラはそんなことをつぶやいた。

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