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「おい指をさすなよ。こういうのはアレだ。不幸な事故っていうんだぜ?」
「痛む心がないのか貴様!」
「痛む心があるんなら急げばまだ間に合うんじゃないのかよ、あ? ーーその獣の角で」
「あの獣はユニコーンとは違う。万能薬など迷信だ。それに、もし本当に万能薬だったとしても、既に事切れている相手では…」
ゴスッ! ガンッ!
イオの言葉を聞いた獣がアーシィの側を離れて家の壁に自分の角をぶつけ始めた。慌てて静止の声を上げるサーディス。法衣を着込んでロープ片手に駆けつけるパルミラ。何とか獣を止めさせようと取りすがるアーシィ。角の付け根からは血が滲んでいる。サーディスがロープでイオを拘束しているわずかな合間に、エリシャに気付いたパルミラが震える手を小さな額へかざす。サーディスの伺う眼差しに、しかしパルミラは首を横に振った。その時、ベキリと若干湿気った枝を無理に折るような物音が鳴り響いたのに続いて、高い悲鳴が周辺の建物の壁を震わせてこだました。折れた角の下敷きになって地面にへばりつくアーシィ。見た目以上に重量のある角を両手で少し持ち上げて、我が子に出てくるように誘導するサーディス。大量の出血を見せている獣の傷口へ指先を差し伸べたパルミラは口早に治癒の呪文を唱える。空気の振動が止まった。
「大丈夫。もう大丈夫よ……つらかったわね」
獣が、折ったばかりの角とエリシャとへ交互に鼻先を向ける。言いたいことに気付いたパルミラは困った様子で立ち尽くす。硬くなった場の空気を打ち破って角へ歩み寄ったのはアーシィだった。
「試してみたらいいじゃないか。どうやるの?」
「そいつを適当な長さに折って、先端を傷口へかざしてみろ」
イオに言われたアーシィは側にある枝分かれした角を見て、細くて折りやすそうな箇所を握りしめて一息に手折った。足早にエリシャの元へと歩み寄って横へひざまずく。そっと事切れた少女の頭部へ角を掲げると、角が淡く光る粉に変わって夜の空気に溶けてゆき、傷口の周辺で一層輝いてから跡形もなく消えていった。
「エリシャちゃん……返事して……エリシャちゃん……角が足りない? 何本だって使うよ。だから戻ってきて。お願いだよ……」
「アーシィ。もういい。もう、いいから……」
角を更に二本、三本折ったところで、アーシィを後ろから抱きしめたのは父の腕だった。何度目か分からない涙で濡れて乾いた頬をまた濡らし、その場に座り込む。大きくて温かい腕に包まれると、小さくて冷たくなっていく少女との対比がまざまざと感じられ、つらかった。




