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父親がイオに言った。
「おい、それをいつまで構えてる。ゆっくり地面へ置け」
「ち。うるせえよ。この場、全部仕切ったつもりでデカイつらしやがって」
「置け!」
「へいへい……よっ、と」
イオは身を屈めて矢をつがえたままのクロスボウを放り投げた。すると地面に当たった衝撃で発射された矢はイオの頭上を飛び越え、背後にいたサーディスの眉間を狙って突き進んでいく。すんでのところで首を横に倒して回避したが、こめかみが多少切れて血が伝っていった。
「……お前……ふざけた真似してくれるな……!」
「どうした、やっぱり殺すか? 自分の子どもの目の前で? できるわけねえ」
「きゃああぁぁぁっっっ!!!」
男二人の言い合いが始まりかけたその時に、甲高い悲鳴が夜の町を裂いた。
ーードサ……ッ
その悲鳴の直後。何かが空から落下してきた。
一番先に動いたのはアーシィだ。少年はそちらへ駆け寄ると、あと数歩のところで動きを止めて大きな目をこぼれそうなくらい見開いた。震える唇が名を呼ぶ。
「エリシャちゃん……? エリシャちゃん! エリシャちゃん!!」
何度呼んでも返事はなく、彼女の左足に突き刺さっている矢と、後頭部にある崩れた壁の残骸が赤く染まっているのが一番現実を明らかに言い表していた。呆然と立ち尽くす男二人。アーシィは少女の身体の側に膝をつき、その小さな肩に手をかけて強く揺すった。信じたくない現実を振り払おうとするかに。しかし、その華奢な身体からすでに力は抜け落ちていることがまざまざと知れるばかりで、少年の期待する反応はただの一つも得られなかった。叫ぶ声が自分の口から止めどなくあふれていたのを不意に気付かされた。
自分の肩に何かが触れた。置かれた、といってもいい。その動きがあんまり優しくて、アーシィは涙があふれてくるのを感じていた。その涙を拭われる。身に覚えのある感触だった。あの子だ。あの、みんなが探し求めていた幻獣。壊れた窓から漏れる光に照らされて少年の瞳に映るその姿は、以前とは違い立派な翼が背から生えていた。
「エリシャちゃんが……」
何を言っていいか分からず、アーシィはそれだけ口にした。獣はゆっくりと頭を垂れる。そしてまたゆっくりと元の高さに戻ってきた。目の高さが合ったのに気付いて、少年が告げる言葉は酷なもの。
「その背に、乗せてたんだね?」
獣は静かに目を伏せた。アーシィはふらつく足取りで立ち上がり、右手をゆらりと振り上げた。そのまま、差し出された鼻面に手の平を振り下ろす。
ーー一番悪いのは、イオだ。けれども罰は、罪の意識を軽くするためにも使われる。今、この獣にはそれを求められていると思った。
「これで、君の分は帳消し。それでも気になるなら、それ以上はリーヤさんにお願いして? エリシャちゃんのお母さんだよ」
告げた途端、音が聞こえた。電話の呼び出し音によく似たーーその音が、とんでもなく近いところで鳴り響いて心を揺さぶる。アーシィはまた泣いた。今度は獣も一緒に泣いているのだと思った。頭の中に声が聞こえた。エリシャとは違う、女の子の声だった。
ーーこんなはずじゃなかった。こんなはずじゃなかった。こんなこと、あってはいけないのに……エリシャ、エリシャ……ごめんなさい、ごめん……。
「君じゃない。謝るのは、あのおじさんだ」




