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「……イオさん……あの獣を、追っていたんじゃなかったの?」
「追うより、おびき寄せるほうが早ぇんだよ。そしてーー主に死んでもらえりゃ、それに越したことはねぇってな。そうすりゃ獣も勝手におっ死ぬからよ」
「僕は主じゃない! なったのは友だちだ!」
「知らねえってのは怖いもんだ。第二段階の期間、あの獣は主の手からしか物を食わない。餌付けをしたと言ったな?」
「……じゃあ、あの子は僕を殺しにくるの? 主になれなかったから?」
「あれはヨーダの嘘だ。希少な幻獣を退治するべき対象にするには理由が必要だからな。それと、ただでさえ怪しく見られがちな俺らハンターにかかる嫌疑を払うため」
「なら、他の目撃者を殺したのは……」
「俺だ。そして今夜はお前を殺す。死にたくなけりゃ獣を呼ぶんだなーー守ってくれるぜ?」
「え……エスト、エスト、エスト! 助けて、助けて!!」
「アーシィ!!」
叫びながら剣とアーシィの間に分け入ったのは、獣ではなく少年の母親だった。風呂上がりの彼女は下着姿の上から法衣を羽織って一番上のボタンだけ留めた状態である。彼女はしっかりと我が子を抱きかかえるとイオからわずかに距離をとる。夜闇に白く浮かび上がる女性の肌を見ると、イオは動揺をにじませた様子で数歩後ずさり剣を構え直した。その間にアーシィは母の邪魔にならない場所まで二人から遠ざかる。
「おい! そいつをこっちへ渡せ! 来てほしいのはお前じゃねえ、あの獣だ!」
「そう言われて渡す母親がどこにいるの! 無事に返すつもりもないくせに……!」
「くそっ、まあ良い。どうせ目撃者は皆殺しだ」
「昨日の犯人が貴方なら楽で良いわ。一人捕まえれば町は平和に戻る」
「へっ。見たとこ相当なブランクがありそうじゃねえか? 現役に、しかも無手で勝てるかよ」
「やってみなきゃ分からないわよ……純情君?」
「言ってんじゃねえ!!」
イオは数歩分の距離を一気に詰めると左下から右上へ剣を振り上げた。正確には振り上げようとした刃を途中で止めた。剣は今、パルミラの胸の谷間を覆うレース地にひっ絡まって止まっていた。破ける寸前で止まっている下着を着用している本人は頓着なくイオの手へ手刀を繰り出して武器を落とさせる。完全に破けてしまった下着を見送ることもせず、彼女は何事か囁きながら左手で武器の柄を持ち、右手の拳を剣の中程へ振り下ろした。硬く高い金属音が鳴り、イオの刃は二つに折れた。
「くそっ! 卑怯だぞこの露出狂女が! 派手に見せやがって……!」
「子どもの命がかかっているのよ? 当然だわ。それで、大人しく捕まるつもりになったの? 純情君」
「得物一本オシャカにしたくらいで良い気になるなよ。こっちにゃお得意のクロスボウが残ってんだ」
「その自信も残った得物と一緒に引っ込めた方が良さそうだ。ハンティングは確かにお得意のようだがーー人を殺めるのは、そうでもないようだからな?」
「……!」
いつの間にそこにいたのだろう。小さな刃をイオのうなじに突きつけているのは、アーシィの父親だった。一連の騒ぎの全体像がよく見えていたアーシィにも、父親がそこにいつから居たのかは分からなかった。闇の中に溶け込んでいたみたいにゼロだった存在感が急にあらわになって、一番動揺しているのはイオだった。
「んな……っ!」
「おっと、動くなよ。お前より俺の方が速い。動かずにいれば殺すことはしない。ーーパルミラ、家に入って、まず服だ。それと警察へ連絡。ロープはそれからで良い」
「分かったわ」
崩れた窓辺から家に入っていく母親を見送って、アーシィはまだドキドキしていた。大団円のつもりになれない。首筋がかゆいと思ってかくと、何かで濡れていた。汗だろうか? 見ると、赤かった。ーー血だ。本当に殺されかけたのだと思い、背筋が寒くなる。




