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夜が来た。
目撃者が殺されたのは昨日の夜だ。
だから、夕食を食べている間、両親は早くもぴりぴりしていた。母親は昨日と同じ白銀の上衣を着ていて、父親も衣服こそ普段着だったが試験管が入った革帯を掛けているところは昨夜と同じだ。アーシィのところからは見えなかったが、短刀も腰に仕込んでいるだろう。
「二人ともその臨戦態勢、やめてよ……あの子は本当の本当に、人なんか殺さない。静かで、優しい子だったんだ」
その時、電話が鳴った。父親が席を立っている間、母親はそっと両手を差し出してアーシィの両手を包んだ。
「……アーシィ……。お友だちになれたと思うの? あの獣と?」
「うん。名前もつけたんだ。喜んでくれてた」
「そう……喜んでたの……でもね、アーシィ。その後で、何かがあったのかもしれないと思わない? 」
「何かって?」
「それは分からないけど……獣を怒らせるような、何かよ」
アーシィは今は説得なんてされたくなかった。手をそっと抜き取ると、半分まで食べていた鮭のムニエルへと視線を移して、黙々と食事を再開する。
そこへ青い顔をして戻ってきた父親は黒いマントを肩に掛けながら言った。
「パルミラ、後を頼む。エリシャちゃんがまた家を出たらしい」
「! 僕も行く!!」
「ダメよ、アーシィ。お母さんとお留守番してましょ」
「だって、エリシャちゃんが行きそうな場所を一番たくさん知ってるのは僕だよ。きっと見つけられると思うんだ」
「なら、それをお父さんにも教えてあげて?」
「ーーっ」
いつもなら、頷いていたところだ。
けれどもアーシィは、この時ばかりは譲りたくなかった。少し考えて、目だけ横を向いて返す。
「……口じゃ、説明しづらい場所が多いんだ。見ないと思い出せない道順とか。だから僕が行かないと」
「アーシィ!」
* * *
アーシィは結局説得されてしまい、父親に遊び場の情報を秘密基地も含めて洗いざらい暴露する羽目になってしまった。諦め癖がここでも発揮されてしまったと、落ち込むばかり。
今、母親は入浴中だ。アーシィはリビングの窓から外を見ていた。考えるのはエリシャとエストのこと。両目を閉じて深く思いをはせる。
「そんなことしてないよね……エスト……」
ーーゴスッ、ドゴッ! ガララッ!!
「……え……!?」
あまり驚きすぎると悲鳴も出ないのだと、アーシィはこの時、初めて知った。今まで肘をついていた、すぐ下の壁がV字にひび割れて崩れ落ちている。自身もそこに挟まった格好で、身動きが取れない。少し毛羽立っている崩れた壁の側面をまじまじと見た後、夜の視界に目を凝らした。そこに立っていたのが獣でなかったことにまず安堵して、それから狼藉の犯人がイオであることに気づいて全身が総毛立つ。動かせない上半身を壁から引っ張り出そうとして、足をバタバタさせていると、首根っこ掴まれて家の外に引きずり出された。それでは終わらず、彼は武器をアーシィの喉元に押し当ててくるのだった。ノコギリを二枚重ねたような形の剣は、押し当てられると喉がピリッとした。




