3-6
最悪の報せが入ったのは次の日の朝早くだった。
「あの獣が、人を殺した!? まさか!」
通路に置いてある電話の話し声は、部屋のドアを開けているとよく聞こえた。
まだ眠っていたアーシィは、その言葉で飛び起きた。転がり落ちるような勢いで階段を降りると、電話のところまで駆けていく。そこには呆然としながらゆっくり受話器を置く母親の姿。
「……」
「おはよう母さん。ねえ、今の電話……」
「朝ご飯の時にでも、ゆっくり話すわ。昨日のことも含めて、情報交換しましょう。昨日は、ごめんなさいね。もう少し手加減しても良かったわね」
朝食は既に出来上がっていた。スクランブルエッグとカリカリに焼いたベーコン、トマトとレタスのサラダ、ミックスジュース。温められたバターロールがカゴに積み上げてあって、いい香りがする。
顔を洗って席につくと、まず父が言った。
「昨夜はお母さんを止められなくて済まなかったな。でも、もう痛くはないだろう? お母さんは上手だから」
「いいよ、僕こそきっとすごく心配させたんでしょう。ごめん。ところで、聞かせて? 昨日のことと、今朝の電話のこと」
食事を採りながら先に出てきた言葉は昨日の両親の行動。
早朝にかかってきた電話でリーヤにあの獣の捕獲の手伝いを依頼されたこと。しかしペットショップに行ってみると、エリシャが相当な駄々を捏ねて連れて行かざるを得なくなったこと。だが、そう長く探さないうちにエリシャがいなくなってしまい、ずっと獣ではなく少女を探していたことーー。
「僕が家を出てからそうかからないうちに、エリシャちゃんに会ったんだ。最初はショップまで連れて行こうとしたんだけど、もう無理で……」
「分かるわ。あの子、めったにワガママ言わない代わりに、絶対に聞かない時ってすごいのよね」
「で? エリシャちゃんが歩き疲れて、森の泉で休憩を取ってから帰ってきたところで、我々と出会ったというわけか」
「途中からピクニックになったんでしょう。パンが二個に梨、ブドウ……エリシャちゃんもリンゴを持っていたし。エサにしておびき寄せるつもりだったのが、オヤツに変わったと」
「…………ぼ、僕らの行動がお見通しなのはいいとして。ーーさっきの電話は?」
アーシィは、エリシャと約束した通り余分なことは何も言わなかった。
「あの獣が人を殺したらしいの……」
「攻撃してきたハンターをか?」
「いいえ。目撃者を含む一般人ですって。しかも複数」
「まさか! 自衛ならともかく、あの獣がそんなことを!」
「私もそう言ったのよ。でも」
「でも?」
「ヨーダさんの話じゃ、主と中途半端に契約を結んだ個体は、その絆を確かなものにするか、それが無理なら相手を殺そうとするんですって。次の主を求めるために」
「それで何故、被害者が複数になったんだ。誰が主か、分かるだろうに」
「それなんだけど、ヨーダさんの予想じゃ、あの獣も誰が半端の主か判断がつかずにいるんじゃないかって。同じ時期に複数の人間と交わったから」
「おい……待てよ。それじゃ……」
「そう。アーシィも狙われるかも。これ以上犠牲者を増やすわけにいかないから、家にいるようにって」
「人を殺すことを覚えた幻獣は殺処分が原則だったな」
「ええ。だから、ハンターはみんな生け捕りを諦めて、今日からは退治のために動いてるそうよ」
「あの子は、人なんか殺さないよ! 何かの間違いじゃないの?」
「『あの子』……そうよね、そういうことよね」
「細部を忘れないうちに、もう一度ハンターに来てもらうべきだな」
アーシィは片手で口を塞いだが、もう後の祭りだった。




