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獣がすべての食料を食べ尽くしたころ、さすがに時間が経ちすぎていることに気付いてアーシィは冷や汗が流れるのを感じた。
「ヤバイよエリシャちゃん。もっと早く帰るつもりだったのに、もう日も暮れそうだなんて! リーヤさんがどれだけ心配してるか。僕の母さんだってそうだよ、きっと今頃……! 早く帰ろう!!」
「まってまって。……ねえエスト、エリシャのうちにきて? エリシャをあるじにしてほしいの。もうお友だちだもん、いいでしょ?」
エリシャはそう言って両手を差し伸べるが獣は長い首を横に振った。
「嫌なのか……子どもじゃ主になれないのかな。じゃあ元気で。また来れたら来るよ、今度はもっといっぱい食べ物を持って」
そこまで言ってアーシィはふと心配になった。何となく、自分が来るのを待たれそうな気がしたのだ。けれどもさすがに日に何回もエサやりには来られない。そっと角の根本を撫でて、アーシィは幻獣に森になっている果物を食べるように告げた。幻獣は頭を横に傾けてしまい、少年にはそれが分かっているのかいないのか見分けがつかなかったが、それ以上は言わなかった。
それからアーシィはエリシャと手をつなぐと、空いているほうの手を幻獣に向けて振る。時折振り返りながら二人は森を後にした。獣の姿が木に隠れて見えなくなると、いよいよ夜が近くなってきて、もう叱られることを覚悟した二人はどんよりと街灯に照らされた道を歩いて行った。ふと気になってアーシィは隣を歩いているエリシャを見下ろした。
「エリシャちゃん。今日のことーーエストのこと、リーヤさん……お母さんに話す?」
「うん……言うけど、母さんざんねんがるとおもうの。うちにくるのことわられたから。でも、あーし君も言うでしょ?」
「言いたくないな……」
「どうして?」
「あの子はおそらく、今さら誰も主にはしたくないんだと思う。野生のままでいたいんだよ。きっと。誰かに捕まえられたりしたくない……」
「それでいつもはかくれてるの?」
「たぶんね。ねぇエリシャちゃん。今日のこと、二人のヒミツにしない?」
「それステキかも。それでね、また会いにこれるといい!」
「これるさ。それで、もしも捕まりそうになってたら逃してあげようよ。約束」
「うん! ゆびきり!」
二人で約束し合って、また前を見てしっかりと歩き出す。やがて、前方から二人の親たちがやって来た。
「エリシャ!!」
「「アーシィ!!」」
叩かれるのを覚悟して両目を瞑り身を竦めたアーシィだったが、やって来たのは拳や手の平ではなく、力いっぱい抱きしめてくる母親の腕だった。背に回された手は僅かに震えていて、息も苦しいほどの力がかけられている。心配させた。そのことをすごく感じ取って、素直に『ごめんね』と言おうと口を開いた途端にグーで殴られて、アーシィは一発で伸されてしまった。
「どうして大人しく家でお留守番してなかったの! しかもエリシャちゃんを連れ回していたなんて!! 危ないでしょう!」
「パルミラ、パルミラ。もう聞こえてないから。伸びてるからほら」
「ごめんよエリシャ、危ないことなかったかい? 母さんが手を離したのがいけなかったね。いつ頃からアーシィ君と一緒だったのかな。怖くなかった?」
「んーん、ぜんぜんこわくなかったの。あぶなくもなかったの! あーし君もいっしょで、きらきらとってもステキな、たのしいじかんだったから、おこらないであげて?」
最後の言葉はアーシィの両親に向けて告げたエリシャは、今は母親に抱き上げられている。少女は母子家庭なのでこういった時にそばに居るのは母だけだ。
「……とにかく、お互いに子どもが無事に見つかってよかった。夜の行動は危険だ。後のことは本職のハンターたちに任せて、我々は家に戻ろう」
言いつつ肩から黒いマントを外した父親はそれで気を失ったアーシィを包み左肩へ抱え上げた。
「もう、サーディスったら。そんな荷物みたいな抱え方して」
「一発でノックアウトしたくせに何言ってんだ、パルミラ。怖いしつけだな」
「いや、あんたらはどっちもどっちだからね。……おっとと、眠っちまったねエリシャ。安心したのかな」
娘を抱え直すリーヤは、ホットパンツにタンクトップという出で立ちの上から革の鎧を着けて、腰に短剣を差している。
手ぶらになるパルミラはリーヤが持っていた小鳥が入るサイズの空ケージを手に提げた。そのケージは真新しい銀色の光沢を放っていて、白地に銀糸の刺繍が施された膝丈の上衣を纏っている彼女に図らずもよく似合っていた。
サーディスはマントの下も黒いシャツとズボン。左肩から斜めに掛けた革ベルトに何本か液体の入った試験菅が仕込まれている。それと、リーヤの物よりも更に小ぶりな短刀が腰に見えた。
あの獣の生け捕りが目当てである三人組は明日以降の段取りを相談しながら、まずはペットショップ、次にアーシィの家へと帰途に就いた。




