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アーシィは勢いよく左側へ飛び退ってそれから距離を取った。はずみでエリシャが持って来ていたほうのリンゴを突いてテーブルから落としてしまう。しかし本人はそれどころではなく、怖いもの見たさでそれから視線を反らせなくなっていた。
ーー全体としては角が立派で純白の毛皮をした鹿に見える。が、破れかぶれでぐずぐずにふやけた翼もあり、大きさの割には痩せこけて見えて、病気でもしているのかと思わせる風貌だ。
それは一噛み二噛みで一つ目のリンゴを飲み込むと、もう一個の転がり落ちたほうのリンゴも瞬く間に平らげてしまった。
アーシィは真ん丸くした目をぐるぐる回して両の手を引いた。
「で、ででで出たぁ!? 舐められたのに全然濡れてない?? てゆうかリンゴ好き? エリシャちゃん! 早く早く、僕の後ろに隠れて!」
かなりの動揺っぷりで騒いでいると、エリシャが獣とアーシィを見比べて少し迷った風を見せる。が、言われた通り大人しくアーシィの後ろにやって来て一言。
「あーし君、あのね、こわくないとおもうの。母さん言ってたの、しょくぶつを食べる幻獣は人にはきょうみないって」
背中にぴたりと張り付いて、そんなことを言う。言われてみれば確かにと、アーシィも騒ぐのをやめた。しかし、もしも病気持ちだったらと思うとそちらの心配はなかなか拭えない。その心配を振り切らせた最後の決め手は、獣があまりにも寂しそうにこちらをじっと見つめていたからだった。脱皮の最中にも見せていた、つぶらな黒い瞳。それが、泣き出しそうに潤んで見えたのだ。
謝罪の気持ちを込めて、そっと近づき手を伸ばす。すると、獣は長い顔をゆっくりと差し出してその鼻面を撫でさせてくれた。
「……ごめんね、変に怖がって。その……そうだ、もっと食べる?」
バターロールを半分に割って片方を差し出すと、獣はそれもあっという間に食べ終えてしまった。
「あ、ずるいずるい、エリシャもあげる〜」
前方に伸ばしていた腕の下をくぐって少女が前に出てくる。はいはい、と片手に残っていたパンを少女に渡した。彼女はうれしそうに伸び上がってパンを差し出すが、高さが足りないのか獣が食べようとしない。アーシィは彼女をベンチの上に立たせてパンをつかんでいる小さな手の甲に自分の手を添えた。するとようやく獣がエリシャの手からも物を食べた。
「この子、名前がほしいと思わない? エリシャちゃん」
「おもう! ほしぞらみたいなキレイな、はらっぱみたいにひろいなまえがいい!」
「注文多いな!? じゃあじゃあ、デルフィニア。星の名前」
「うーん……エリシャ、おぼえられない」
「えええ。それじゃ、僕たち二人の名前を取って……アーシャとか」
「エスト!」
幻獣はそれを聞いていたのか、きゅうと鳴きながら長い尻尾を左右に振った。何となく嬉しそうな様子に見えて、二人はそれを呼び名に決めた。




