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アーシィは立ち上がってひざの砂を払うと少女からリンゴを受け取り自分のリュックに入れ、彼女と手をつないで歩こうと右手を差し伸べた。握りこんだ手は小さくて、守らなければいけないと感じる。
「あーし君、おててペタペタ」
「緊張してるからね」
それに引きかえ、エリシャは少しも動じていないのが分かる。子どもはたくましいよな、などとアーシィは思った。
先ほどまであっちに隠れこっちに潜みしていたのが何だったのかと思うほど、今は道の真ん中を堂々と歩いて森へ向かっている。灰色のコンクリートで舗装された道の上に二人。いっそ誰かに見つかってしまいたいような気分だったが、残念ながら誰にも見咎められなかった。
* * *
泉にたどり着いたアーシィたちは思わず両目を伏せて両腕を横に開き、めいっぱい深呼吸した。それまで獣騒ぎでピリピリしていた町の様子が嘘のように、あまりにものどかな風景が目の前にあった。泉の上を渡ってくる風の涼しさ。緑の色まで感じさせる空気の爽やかさ。穏やかな時間を告げる小鳥たちの鳴き声。目を開ければ木漏れ日が乾いた地面に芸術的な模様を描いている。一瞬、ここに来た目的を忘れそうになるほど、完璧なピクニック日和だった。そう言えば食べ物もある。アーシィはリュックの中身をテーブルの上に広げると、まだ両腕を広げてくるくる踊っている少女をベンチへ招き寄せた。
「エリシャちゃん。どれか食べる?」
「あ、エリシャねぇ、ブドウ好き!」
「よしよし食べなさい」
「いただきまぁす」
少女が一心不乱にブドウを食べている間、アーシィは左手で頬杖をつきながら彼女の頭上で揺れるポニーテールをボンヤリと見つめていた。空いているほうの手には半分ほどかじったリンゴが乗っている。どこまでものどかで、何だか良い日だなあ、などと思ってしまう。ーーと、どこからか電話の呼び出し音が聞こえてきた。近くに森番の小屋でもあっただろうか? そう考えてゆっくりと左右に首を回した。するとーー
ベロリ。
右の頬を思い切り舐められて、ついでにその、アーシィの顔全体を一舐めできそうなほど大きい紅い舌が引っ込みがてら彼のリンゴを奪っていったのが見えた。
「ぅわぁぁぁぁぁぁ!?」




