夢語り
最初に見つけたのは、自分の死体だった。
質素なベッドに横たわり、情けないほど顔を歪めて硬直していた。窓から差し込む月明に溶けてしまいそうなほど、透きとおった白皙。体温を感じられない頬は赤黒く色付いており、死ぬ前に喀血したのだろうなとぼんやり考えた。
ふと、己の生死よりも大事なことを思い出して、室内を見回した。
殺風景な部屋だ。隅には長机が置かれており、鋏や注射針が煌めくばかりで眼光はひとつもない。床板の中央には不思議な模様が刻まれ、二台のベッドを円で囲んでいた。
ベッドの片方には、自分の死体。その隣にいたはずの妹が、部屋のどこにもいない。気付くや否や、乾いた喉から焦慮があふれていた。
「シャノン……!」
呼び声は静寂に吸い込まれる。自分の声と思えないほど、高く掠れた響きに眉を顰める。寂び返った部屋には誰もいないのか、或いは僕が亡霊だからか、返辞は聞こえなかった。
己の死体に歩み寄る。僕と妹は、片腕同士を赤い紐で繋がれていた。閉眼している亡骸の右上腕部、そこに縫い込まれている赤い紐。その先は妹に縫い付けられていたはずだが、千切れてしまっていた。ほつれた先端がベッドから垂れ下がって夜闇に浮かんでいる。妹が傍に居ないことを証す紅に歯噛みするしかない。
それでも、もう一度だけ部屋を確認すべく顔を上げ――息を呑んだ。
夜の濃藍に紛れて、ふたつの懸珠が僕を見ていた。咲き匂う椿のような、張り詰めた葡萄酒のような、あかいオッドアイ。波打つ真珠色の髪も、見間違えるはずがない。それは妹のものだった。
妹は呆然としていたが、僕を認めると喜色を湛えていた。シャノン、と呼びかければ、彼女も花唇を動かす。妹の声は聞こえなかった。亡霊は生者の声が聞こえないのかもしれない。
せめて、彼女が生きているのだと安堵したくて、彼女に手を伸ばした。熱の通う表皮に触れたかった。
「シャ、ノン……」
呼びかけたのは、確かに僕で。その言葉に合わせて動いたのは、彼女の唇で。指先は、窓硝子を撫でるだけ。
冷たく無機質な玻璃が、現実を反射して虚像と触れ合わせる。妹の姿をしているのは、僕だった。
わけも分からず叫んでいた。耳を劈く痛哭は、否定しようがないほどに妹のものだった。
歪んだ視界を濡らして瞬きを繰り返す都度、記憶が鮮明になっていく。
嫌だ死にたくない助けて――妹の悲痛な泣き声が外耳道に反響する。
お前達は生き残れると良いな――奴らが零した嘆息が耳朶に纏い付く。
君達はずっと一緒に、幸せになれるよ――僕達を拾ったあの人の甘言が、脳室に蘇る。
嗚呼、と思う。
あの女の手を取ったのが、間違いだったのだ。
*お読みいただきありがとうございます。以下、文体について。読まなくても大丈夫です。
*この作品には、あまり一般的に使われていない熟語などが出てきますが、「音の響きが綺麗で好き」「漢字の形が綺麗で好き」といったような気持ちで使っています。ルビは多めに振っているので、もし見慣れない単語を見かけてもサラッと流して読み進めて頂ければと思います。
作者の好みをたっっぷり詰め込んでいる文体や作風ですが、好みに合えば幸いです。