誤ち
ある放課後のことだった。
クラスメイトが手を切っていた。
その日は部活があった。部活が嫌いな僕は、部活が始まって、30分ぐらいたった頃、忘れ物をした、と出鱈目な理由をつけて部活を抜け出し、校舎に向かった。その日は雨がたくさん降っていて、一日中雲に覆われて暗かった。校舎に入る前に服に着いた水滴を払って落とし、眼鏡を拭いた。校舎に入り、靴を履き替えて自分の教室に向かった。私のクラスである3年1組の教室は3階の一番奥にある。2階には職員室があるので、そっと階段を登った。上靴と床が擦れる音はとても苦手だ。教室の前まで来て、1度教室に誰もいないことを確認しようと僕は顔を覗かせた。教室には、女子が1人、一番後ろに座っていた。その女子はクラスメイトの「佐久間 はな」だった。長い髪を後ろでまとめている彼女はクラスの中でも可愛い方だった。しかし性格は暗く、友達も一人もおらず、彼女と会話するのは、同じ生活班の班長である僕だけだった。それでも話す機会は少なかった。その彼女は、なにか手元で一生懸命作業しているようだった。邪魔するのは悪いと思い、教室を立ち去ろうとした。その時、教室の中から
「うっ…」
という声とともに、何かが床に落ちたような音がした。驚いて、ゆっくり教室の中を覗くと、左腕を押さえて震えている彼女と、床に灰色のカッターナイフが落ちていた。作業の途中にケガでもしたのかなと思い、彼女に声をかけようと近づこうとして、彼女の横顔が見える位置で僕の足は止まった。何かを堪えるように目をつぶる彼女の顔からは、2つの感情が読み取れた。その瞬間、僕は気味が悪くなり、逃げるようにして教室を去った。部活をサボったバチが当たったと僕は部活に戻った。その後の部活は全く集中出来なかった。理由は明白だった。頭の中にはさっきの彼女の顔があり、ずっと離れなかった。その夜、何気なくネットニュースを見ていた僕は、ある記事に目が止まった。その記事は「なぜ、リストカットをやってしまうのか」というものだった。その記事を見てみると、リストカットについて、とても詳しく載っていた。そこに書いてあることと、今日の彼女の行動は、ほとんど一致していた。僕は困惑していた。明日から、彼女とどのように付き合えばいいのだろうか。変に追求するのも良くないと思った僕は、明日また、放課後に教室に行ってみようと思った。
昨日は、夜遅くまで調べていたので、少し寝坊した。重い体をひきずりながら、リビングに向かった。そして、いつも通りテーブルの上に用意されている朝食を1人で食べる。僕の両親は、とても忙しいので朝食はいつも1人で食べる。その後トイレに行き、制服に着替える。カバンを背負って家を出ると、少し暖かくなった風が僕の額にあたる。長い一日が始まった。
6時間の授業が終わり、部活の時間になった。今日1日、彼女のことを観察していたが、特にいつもと変わった様子はなく、左手も押さえていなかった。少し気になったのは、他の女子たちが遠巻きに、彼女をちらちら見ていたことだった。だが、僕は大して気にとめなかった。
放課後の学校は、人気が少なく静かだった。ときどき外から運動部の練習する声が聞こえる。今日は部活を休むことにしているので、時間を気にすることなく観察することが出来る。そう思いながら教室に向かう。廊下には僕が歩く足音だけが響く。教室の前に着き、昨日のように中を覗いてみる。彼女はいた。昨日と同じ席で。また手元で作業しているようだった。僕はそのまま観察することにした。5分が過ぎ、10分が過ぎた。観察し始めてから15分が過ぎようとした時、彼女の肩が震え出した。何かを堪えていた。その次の瞬間信じられないようなことが起こった。それは一瞬だった。彼女は右手を大きく後ろに振り上げた。そして僕の目の横を、銀色に輝く何かがヒュッという音と共に通り過ぎた。僕は驚いて悲鳴を上げてしまった。全身の毛が逆立つような感覚に襲われ、その場を動けなかった。目だけを横に動かして、銀色の物体を探すと、後ろにあったコルク板に、ぎらりと光る包丁が刺さっていた。その刃は夕焼けの光を浴びて不気味な色に染まっていた。慌てて彼女の方を向くと、彼女は僕の目の前に立っていた。彼女の顔には、驚きと申し訳無さが現れていた。
「どうして君がここにいるの?」
「それはこっちのセリフ。めっちゃびっくりしたんだから。」
「ごめん…」
と、彼女は申し訳無さそうなこ顔をした。
「どうしたの?」
僕はなるべく穏やかに聞いた。相手を刺激しないように。からは最初は黙っていたものの、ぽつりぽつりと話し始めた。
「実は…」
彼女は、いじめを受けていた。学年でも有名ないじめっ子の女子から、物を取られたり、暴力を受けているらしい。それで深く傷つき、リストカットに及んだということだった。
僕は、彼女の言っていることが理解出来たが、同情はしなかった。僕の心情と、言動は、簡単に結びついてしまった。
「別にリスカする程じゃなくね?」
「え…」
彼女は驚いているようだった。しかし、僕はもう止まれなかった。
「物奪われたら、奪い返せばいいし、暴力振るわれたら、殴り返してやればいい。」
「そんな単純なことじゃない…」
「単純だよ。そんなことも出来ないの?俺がコツを教えてあげるか?」
彼女は黙って下を向いてしまった。僕はそれをYESと断定した。
「もっと気を強く持たなきゃ!そんなに弱かったら何もできないよ。だからいじめられるんだ。」
「もういい!!」
僕は呆気に取られていた。彼女は顔を真っ赤にして、走り去って行った。目には涙が浮かんでいた。
「せっかく特訓してやろうと思ったのに…」
僕はここにいるのが馬鹿らしくなり、家に帰ろうと、校舎を出た。空はさっきとうってかわり、真っ黒い雲で覆われていた。その後、家についていつも通り学校の宿題をやっていた僕は、不意に今日の出来事を思い出していた。ちょっと言いすぎたかな?という思いが、少しずつ大きくなり、彼女に謝りたい気持ちでいっぱいになった。でも今から言うことも出来ないので、明日絶対に言うことを心の中で誓って、今日は寝ることにした。
朝起きていつものモーニングルーティーンをこなす。いつも通り朝ごはんを食べ、制服に着替える。そして家を出て、何十回と通った通学路を歩く。いつも通りなのに、体と心は何故か重かった。学校に着くと、いつもは教室にないものがあった。彼女の席に花瓶が置いてあった。クラスメイトの顔はどこか暗く、あまり話もしていなかった。不思議に思いながらホームルームが始まった。最初に担任の先生が言ったことに、僕は数秒間呼吸が止まった。
彼女は亡くなっていた。
彼女の訃報は、ニュースを騒がした。死因は、自殺。捜査をした警察はそう公表した。遺書も見つかっているようで、そのことについて関係者から話を聞くことになったらしい。僕は昼食も夕飯も食べることが出来なかった。家で彼女のネットニュースを読んでいた時、電話がかかって来た。母がそれを受け、数秒後俺を呼んだ。僕は無心で、階下に向かった。電話の内容は、遺書に自分の名前が載っていて
「助けてくれなかった」というような言葉があったので、明日、話を聞きたいというものだった。僕は特に何も感じず、了承の意を伝え、電話を切った。母親が、心配そうな顔をして、事情を聞いて来た。僕は電話の内容をそのまま話した。母親は、呆然と聞いていたが、途中から堰を切ったように泣き始めた。僕は、部屋に戻った。そして布団に入り、目をつぶった。疲れていたのか、すぐに夢の中に入っていった。夢の中では、最近起こったことが次々と再生されていった。
僕は飛び起きた。息は上がっていて、顔の周りは何故か濡れていた。僕は泣いていた。そのことに気づいた時、僕はそれまでしてきた過ちに気づいた。目からは、大粒の涙が溢れてきた。嗚咽が漏れる。僕は心の中で、彼女に何度も謝った。何度も何度も…
このまま死のうかな。そう思った。彼女に顔向け出来ない。そう永遠に思い続けた。
階下から、父親の呼ぶ声がするまで、僕は泣き続けていた。
声に気づき、僕は起き、涙を拭いた。心はもうなかった。そのまま、階段を降りようとした時、僕は足を滑らした。僕は背中から落ちる。背中と首に、激しい激痛が襲う。彼女の経験した痛みに比べれば…
そのまま視界が暗くなって、意識が遠のいていった。
僕は魂になった。
僕も死んだ。
彼女の後を追うようにして。
いや、彼女にした罪を償うために。
あの後、僕は救急車で、病院に運ばれたが、そこでの医師の懸命な治療も虚しく、息を引き取った。
このままでは生きていけない。
誰か助けて。
そう思っている人は貴方の近くにいるかもしれません。そんな時は優しく声を掛けてあげてください。その人は、孤独を感じています。誰かに理解して欲しいと、心の底で思っています。なので、決して感情的にならないように。
あなたが、その人を救わなければ、誰がその人を救うの?
貴方はその人にとって希望の光です。
時代は、令和です。
自殺しようとする人がいなくなるように。
自らを傷つけようとする人が1人でも減るように。
貴方にしか出来ないことがある。
貴方だったら出来ることがある。
救える命がある。
Do your best please.
このままでは生きていけない。
誰か助けて。
そう思っている人は貴方の近くにいるかもしれません。そんな時は優しく声を掛けてあげてください。その人は、孤独を感じています。誰かに理解して欲しいと、心の底で思っています。なので、決して感情的にならないように。
あなたが、その人を救わなければ、誰がその人を救うの?
貴方はその人にとって希望の光です。
時代は、令和です。
自殺しようとする人がいなくなるように。
自らを傷つけようとする人が1人でも減るように。
貴方にしか出来ないことがある。
貴方だったら出来ることがある。
救える命がある。
Do your best please.