第一話②「紛らわしい奴ら」
「なん、で……」
助けが来たと思ったのに、腹を蹴られれば誰だってそう呟いてしまうだろう。そして一切躊躇のない本気の攻撃。吹き飛ばされた身体が地を転がり、立ち上がる気力を抉り取られ、自分の人生がここで終わりを迎えることを受け入れながら、後悔の念と共に意識を失った。
――――【警告】悪行値を取得しました。この数値が一定に達すると、イベント『天誅』が発生します。
あ? なんでだ?
今俺はこの緑男を助けただろ?
そう思いながら目線を緑色の男性に目を向ける。思わず狼狽えたというような仕草のあと、剣は下ろさずにこちらに向けていた。止まらない敵意に冷や汗をかく。
まさか……助けるべき人間は猫耳だったのか?!
すぐさま猫耳少女が落とした剣を拾い上げる。意外に重く、切っ先がフルフルと震えてしまう。よく見ると緑男の剣の刃渡りは短いショートソードで、その体型と、きっと筋力にも合っているのだろう。対してこちらは剣術の類は一切経験しておらず、上手く持って構えることすら出来ない素人中の素人。かなりの不利を強いられていると言っても過言じゃない。その状況にしたのは紛れもなく馬戸だが。
猫耳少女が倒れ、少年は素人と見るや否や、ジリジリと、嫌らしく迫る緑男。人と言うには大きい口から舌を出して口の周りを一回り舐めた。隙間から見える口内は、キラリと尖った歯が不揃いに生えていた。
まずい……猫耳は背後で倒れている。逃げるだけなら猫耳を見捨てればいいが、それをした場合二択でこの道を辿らなければならねぇ。どっちが街やらに近いのかも分かんねぇし、何日かかるかも分かんねぇ。見捨てる選択肢はやめた方がいい。
逃げられねぇってことは迫ってくる緑男を避けるのは得策じゃねぇ。猫耳がトドメ刺されたら同じことだ。
つまり、真正面から緑男と戦り合わなければならねぇ!
圧倒的有利に緑男はやがて笑みを浮かべ、堪えられなくなってきたのか大口を開けて笑い始めた。
「グシャシャシャ! グシャキャキャキャ!」
およそ人間とは思えない笑い声。
ここに来てやっと馬戸は、そもそも緑男が人間ではないことに気が付いた。大きく開いた口の中は明らかに人間の口内と一致していない。そもそも一般男性にしては小柄すぎるし、体色が緑色だ。人間像としては大きくかけ離れているだろう。
人間ではないと分かってきた瞬間から、段々と苛立ちが強くなり始めた。先程までの睨み合いから、かなり油断しているような態度。つまり馬戸は猫耳少女より下に見られているということだ。違う世界とはいえ、次期魔王がただの少女よりも弱いと。
慣れない剣に一瞬でも臆した自分を呵責し、キッと緑男の眼を視る。
――――喧嘩ってのはな……気合いで勝った方が勝つんだよ!!
「グキャ……」
さっきまでの素人臭さが一気に抜けたように感じ、緑男は心の奥底に警戒心が生まれ始めたことを信じきれずに目の前の雑魚を見つめる。相も変わらずにブレる切っ先に落ち着きのない挙動。やはり何かの思い違いか――――そう思った瞬間、雑魚と認識した人間の手から、剣が投げられた。
「グギャァァア!?」
横薙ぎの姿勢から鋭く回転し放たれる剣。それも、正確に頭へ向かう挙動。直撃は死に直結する刹那、咄嗟に身体を後方へ倒し躱す。刃が自身の鼻先をかするように飛び、汗が吹き出る。急いで身体を起こして前を向くと、ちょうどその瞬間を待っていたかのように人間の拳があった。
「――――ッ!」
武術だとか剣術だとかそんなものは知らないと言うような不器用な全力の一撃。鼻は折れ、歯も何本か抜け落ちた。首から下はその衝撃に着いていけずに足が宙に浮く。
緑男は凄まじい勢いで地面に叩き付けられる。手の力が抜けたのか剣も手放され、仰向けになりながら虫の息だ。
馬戸はゆっくりと、威圧をかけながら一歩ずつ緑男へ近づく。緑男は蹴り飛ばされた猫耳の少女のように、その目に涙を浮かべ最期を感じた。
こんな目に遭う時に限って、空は青く、青く、雲一つない晴天だった。
それを嘲笑うかのように、最期の光景は魔王の如き男の靴の裏だった。