第一話「猫耳なんてありえねぇ」
「だぁぁ、クソ!」
歩いても歩いても変わらぬ草原に嫌気が差し、積もる苛立ちが声に出る。
そもそも「良い人になれ」と言われ異世界とやらに送られたのにも関わらず、人が居ないのでは本末転倒どころの騒ぎではない。
あまりにも不親切なのではないか。と元の世界で理不尽を押し付けたり押し付けられたりしていた馬戸でさえ嘆いた。
「色々言うだけ言って何もなしか……んだっけ? 『ステータス』とか『スキル』がどうとか」
誰に話しかけているでもない一人言をぼやくと、高めの人工音がぴこんぴこんと鳴り、馬戸の目の前に白で縁取られた藍色のウィンドウが空中に現れ、まるで疑問に答えたかのように目当てのものが表示された。
馬戸 勝人 LV1
HP 253/253 SP 88/100
ステータス
スキル
善行値――1
なんだこの青い板。
宙に浮いてる癖に触ろうとすると貫通しやがるし、書いてあることが訳わかんねぇ。
おまけに首を動かしても身体を動かしても目の前に付いてきやがる。邪魔だ。
馬戸はRPGゲームはおろか、ビデオゲーム全般を遊んだことがなかった。よってLVやHP、SPが何を表しているのか全く理解出来ていない。
正直、あの女神はこの不良少年を送るべき世界を間違えたと言っても過言じゃないだろう。
「『善行値』……これもなんか言ってたよな――っと?」
先ほどと同じ機械音が鳴り、善行値の詳細が開かれる。と言っても、項目の一番上だけ白くハッキリと表示され、それより下は全てグレーで塗りつぶされたように判読不能になっていた。
善行値――1
消費1 ヒント
その項目が増えるのと同時に、馬戸はある法則に気付く。青い板は音声認識らしい。簡単に操作できそうな反面、操作を求められる際は一々声に出して読み上げなくてはならない。
馬戸は考えるのも覚えるのも苦手なため、面倒に感じた。しかし、現状使えそうなものはコレしかない。
軽いため息をつくと、善行値を扱う最初のスキルを発動した。
「……『ヒント』!」
瞬間、視界にもやがかかったようになり、草原の中で立っている自分を空から見ているかのような視点になった。首を動かしたり目を閉じたりしても、感覚は得られるものの表示されているその光景からは逃れられなかった。
――――もしかして、面倒なことをしちまったか?
キャンセル不可のその現象に一瞬焦るが、すぐに変化が訪れる。
草原の中の自分が左回りに向きを変え、その方向へ走り出す。固定されていた視界は目で追いかけるように動き、どんどん遠くなっていくと感じた瞬間、視点そのものが草原の自分の背中を追いかけ始めた。段々追いかける速度は上昇し、瞬く間に追い抜きしばらくそのまま真っ直ぐ進んでいくと、ある高台に辿り着き、その丘の下に一本の道が現れた。
求めていた人の通り道だ。いわゆる、馬車道である。
その道の真ん中で、体色は緑色、髪の毛も生えていない小柄な人型の生物と、人間と思えるような背丈で文化を感じる装備、しかし人間にはない猫のような耳を頭に着け、背中側の装備の隙間からしっぽが見える、白髪の少女が、お互いに刃を向けて一触即発の睨み合っていた。
そこまで見えると段々もやが濃くなっていき、全てが白に染まり、思わず瞬きを繰り返している内に元の視界が帰ってきた。草原が広がる、先程俯瞰で見ていた光景と同じだろう。
「なるほど」
馬戸はおおよそ九十度左に回り、走り始めた。この道を真っ直ぐ行けばヒントの通りになると容易に予測できる。唯一気になることは、スキル『善行値』の表示が変わっていたことくらいだろう。
善行値――0
消費不可 ――――――――
しばらく走り続け、ヒント通りの丘へ到着した。
そこそこの距離はあったが、現役の中学生。少しだけ息が荒くなった程度で、まだまだ体力に余裕はあった。しかし、体力を消費することはさほど問題ではない。
何故ならば、彼らは剣を構えていたからだ。どれほどの切れ味かは分からないが、元の世界でもハサミや包丁は凶器に用いられることはある。それを人型のものへ向けることとなれば、その切れ味は間違いなく一撃必殺のモノ。
いくら馬戸が喧嘩に強くとも、鋭利で長い刃物を相手に素手で対抗するのは無茶がある。
丘から少し顔を出すと、予想通りハゲの緑男と、猫耳の少女がその場から一歩も動かず真剣に睨み合っていた。どうやら一対一のようだ。
しばらく馬戸はその睨み合いを観察し、そしてある決断を下した。
小高い丘をざざざと軽快に滑り降りる。静寂に染っていた空間を破り、道の真ん中で見合っていた二人はその音の方向へ思わず顔を向ける。
馬戸はこの世界に来る直前の話を思い出す。
女神からの言いつけを守ること。
――――元の世界に帰るには、善行を積まなくちゃならない。
女神からの忠告を聞くこと。
――――悪い行いをすれば、帰れなくなる。
女神にとっての善行とは何か。
――――人間の味方をする。
女神は異世界の説明はなんと表したか。
――――元の世界と同じような文化、環境がある。
そして、馬戸は思いっきり地面を両足で踏み込んで飛び上がった。空中で身体を横にし、脚を伸ばす。
突然のドロップキックに対応できずにその全体重を腹へ受け、思わず相手は呻き声を上げる。予想外の奇襲をもろに受けた相手は地面に倒れ込み、剣を手放した。
硬いであろう鎧をまるで無視したかのような痛快な一撃。
猫耳の少女は地面へ突っ伏した。
「猫の耳が生えてるような奴は人間じゃねぇ!!」
もし女神がこの様子を見ていたら、確実に頭を抱えただろう。