ぼくには美人だけど大食いな妻がいる
内容の方を少し修正しました。
ぼくには妻がいる。道を歩けば誰もが振り返るような美人……正直、結婚できたのは奇跡だと思っている。
その考えは結婚してからも変わらない。妻の美貌は結婚してからも健在。会社の後輩や同僚からも「奥さん、めちゃくちゃ綺麗ですよね」とよく言われる。
昔はね……そう言われてたら普通に喜んでたよ。でも、今はちょっと素直に喜べないかなーって感じです。
何故かって? 見ればわかるよ。
「はむっ……ううーん、美味しい!! 最高!!」
「ちょっと……もうそろそろ食べるのやめて……」
「なんで? まだこんなにたくさんあるのに」
「それは明日の分だから!」
今のでわかってもらえたかな。ぼくの妻はね、痩せてるくせにとてつもないほど食べるんだ。いわゆる痩せの大食い。もちろん、出会ったばかりの頃はそんなこと知らなかった。
今となっては、もっと色々とお互いのことを知ってから結婚を決めるべきだったと後悔しているよ。
「本当やめてね、うちはそんなお金持ちじゃないし......」
このままいくとそう遠くないうちに金が底をつく。
「仕方ないなぁ」
妻はそう言って渋々と食器の片づけを始める。こうやって一度強く言えばやめてくれるんだけど......言わないとずっと食べ続けるからなぁ。恐ろしい。
ちなみにうちの妻は食器を片づけるところまではちゃんとやってくれるけど、それ以降の食器洗いなどは全然やってくれない。頼めばやってくれないことはないが、なんか前に頼んでみたらすごく辛そうにしていたので、無理に頼むことはしなくなった。
まあ、別にいいよ。ぼくは食器洗い......いや、家事自体結構好きだしね。
ということで、今からだらけてる妻に代わり、ぼくが家事をします。まずは......洗濯物かな。
ぼくはスッと立ち上がると、洗濯物が干してあるベランダへと向かう。洗濯物は午前中にぼくが干した。妻は何もしてない。あ、でも勘違いしないでね。今日に関しては妻も手伝おうとしてくれたんだ。でも、仕事が大変だったのかめちゃくちゃ疲れてたっぽいから、ゆっくりしているようお願いした。
だから、妻は悪くない。ま、悪く言う人なんていないだろうけど一応ね。
「あー......雨降ってるな」
午前中は晴れていたし、天気予報でも今日は一日中晴れだと言っていたから少し油断していた。今取り込んでいなかったら折角干した洗濯物はびしょぬれになっていたことだろう。
ぼくはよかったと思いながら、取り込んだ洗濯物を選択籠に放り込む。結構干したので取り込むのはそれなりに大変だった。こんだけあったらたたむのも大変だな。
パンパンになった籠を持ちながら、家の中に戻ると妻がパンを口に入れながらテレビを見ている姿が視界に入る。
まだ帰ってからそんなに時間は経っていない。ということは、仕事で疲れてるように見せてたのはぼくに家事を押し付ける為だったんだな……
「やられた……」
これはいけない。前言撤回だ。妻にも家事を手伝ってもらおう。
ぼくは妻からテレビのリモコンをひったくる。「あぁ」とか言って取り返そうと手を伸ばしてきたが、無視だ。
そして、五メートルほど離れた場所で電源を切る。
「なんてことするの!」
「なんてことするの、じゃない! ぼくのことを騙そうとしてたのバレてるんだからな!」
「ギクッ」
「それ、口で言う人初めて見たな……まあ、いいよ。とにかく、君にはぼくと一緒に家事をやってもらうからね。まずは洗濯物たたみ。ちゃんとやってよ?」
隣で一緒にやっていれば、サボっていてもすぐにわかる。
妻は不服なようで、頬を膨らませてじっとこちらを見つめている。そんな姿に不覚にもときめいてしまった。ダメだダメだ。許してしまいそうになる。
しばらく見ているが、一向に洗濯物に手をつけない。見かねたぼくは妻の頬風船を人差し指でつつく。すると、プスーという気の抜けた音と共に風船が縮んでいく。やっぱりかわいいな。
「っていけないいけない......洗濯物たたまないと。ほら、君もちゃんとたたんで?」
「わかったよー、仕方ないなぁ」
仕方ないなぁ、はこちらのセリフなんだけど。
「ふっ」
なんか笑われた。なになに、どういうこと?
「ん? 何が面白いの?」
「いやいや、表情がコロコロ変わるのが面白くって。あははっ」
「うーん、そっか......」
ぼくってそんなに表情変化してたのか。自分の顔は見れないからな。気づかなかった。
想像してみると確かに面白いかも。ぼくが妻だったとしても笑ったかもな。
「あはは」
折角だしつられて笑う。結構笑った。二分ぐらいは笑い続けてた。
最近はこうして妻と笑い合うこともあんまりなかったからね。たまにはいいかも。
ちなみにぼくが笑ってる間に妻はこっそりと何か食べてた。いつの間にか台所から取ってきていたようだ。本当に食に関してはすごいな。素早すぎる。
「終わったよー」
「お、サボらなかったね」
妻はちゃんと最後まで洗濯物をたたんでくれた。ぼくが言った通りに。やっぱりやればできるのだ。たたんだ数だってぼくより多いからね。
「へへ、わたしだってやればできるんだから!」
「本当だね。見直したよ。最初は正直手を抜くかと思ってた。ごめんね?」
「別にいいよー。君の面白い姿を見れたからね」
「ちょっ」
やめて、と言おうと思ったが、喜んでくれたなら別にいいかと思って言わないことにした。こちらもかわいい顔を見せてもらったからね。おあいこだ。
「よーし、次はお風呂掃除だ。君はそこでゆっくりしてて。あ、なんか食べようとするのはダメだからね!」
大丈夫だとは思うけど、なんか心配だから一応言っておく。
ぼくはお風呂場に移動するまでの間、妻からなるべく目を離さないようにする。お風呂掃除もなるべく早く終わらせよう。
「……っふぅ」
終わった。タイマーなどは使っていないから何分経ったかはわからないが、結構急いだので多分大丈夫だろう。いや、大丈夫だろうと思いたい。
「......」
予想外だ。待っているとは思っていたが、何もせずにボーっと壁を見つめているとは思っていなかった。やっぱり疲れてたのか......?
ぼくは恐る恐る妻に近寄る。
「だ、大丈夫?」
「......終わった?」
「う、うん......」
なんで壁を見つめていたのか聞こうと思ったが、やめた。特に理由はない。
切り換えよう。まだまだ家事は残っている。次はトイレ掃除だ。
トイレに向かって足を進めようとすると、妻が足をつかんで引き留めてくる。おいおい、転んじゃうよ。
「なんだい? これからトイレ掃除に行くんだけど」
「......ぃて」
「うん? ごめん、申し訳ないけど、何言ってるか聞こえない」
一生懸命聞こうとしたんだけど、微かにしか聞こえなかった。
「ここにいてって言ったんだよ」
「え、いや、でもトイレ掃除が......」
「そんなの後でわたしがやるよ。君は取り敢えずここに来てくれればいいの!」
今日の妻はなんか変だ。普段なら特に理由もなくぼくを引きとめるようなことはしない。
どういうことだ……? 少し考えてみるが、全くわからない。
「はいはい、行くよ。行ってどうすればいいの?」
「ソファに座って」
「ん……? わかった」
疑問を覚えながらも言われた通りソファに座る。ぼくが座ったのを確認すると、隣に妻が腰掛けてきた。
うおっ、やっぱりめちゃくちゃいい匂いするなぁ。
「えっと……座ったけど?」
「……ちょっと待ってて」
「えぇ……あぁ、うん」
一体何をするつもりなのだろうか。
少し見ていると、妻は立ち上がってテレビの横の棚までトコトコと歩いていく。
そしてその棚から二人分のゲームのコントローラーを取り出した。
「今からゲームで遊ばない?」
「え!?」
なんでゲーム?必死に引きとめてきたから緊急の用事かと思ったよ……
「べ、別にいいけど……理由を聞かせてもらっていい?」
「え? 理由なんているの? ゲームは突然遊びたくなるものでしょ? したくなったからする。それだけだけど」
「ま、まあ、そうだけどさ……今する必要あったのかなって……思っちゃって」
「そんな難しく考えないで! 今は楽しむことだけを考えてほしいの! わかった?」
圧がすごいな……
「わ、わかったよ……」
ぼくは動揺しながらも、妻からコントローラーを一つ受け取る。
「あ、この色でよかったよね?」
「ぼくは何色でもいいよ。そういうの気にしないから」
このコントローラーには幾つか色の種類がある。赤、青、黒、白、ピンク……ぐらいだったかな。まあ、うちには赤と青と黒しかないけど。
妻が手渡してきたのは赤のコントローラー。でも、ぼくが好きな色は青なのだ。それを気にしてくれたのだろう。
ありがたいことだ。こういう小さなことでいい妻だと本当に感じる。食欲旺盛なところは気になるけどね……
「あれ、なんで笑ってるの?」
ふと横を見ると、妻が何故かヨーグルトを食べながら笑っていた。それもぼくの顔を見て。何かゴミでもついてたかな。
「いやぁ、君と遊べるのが嬉しくて思わず笑っちゃった」
「なっ……!」
ぼくは突然の妻の誉め言葉に照れて、そっぽを向いてしまう。
「ちゃんとこっち見て!」
妻がぼくの顔を強引に自分の方に向ける。
目が合った。こうして見ると本当に整った顔だ。ぼくはこんなに美人な人と結婚できたのだな、と今更ながら感じる。
「顔、赤くなってるよ?」
「う、うるさい……!」
「え? 聞こえないなぁ……」
わざとだ。ぼくをからかっている……くっ。
「も、もういいでしょ……早くゲームやろ?」
妻は少し笑った後、「はいはい、そうだね」と言ってゲームのコントローラーを手に取る。
ぼくはテレビの電源とゲーム機本体の電源を入れる。準備完了だ。
今からやろうとしているのは大乱戦ブラストブラザーズというゲーム。略してブラブラ。最大八人で対戦可能なアクションゲームだ。結婚してしばらくしてから買ったゲームなんだが、最近は忙しくて中々遊べていなかった。
久々ということで、上手く使えるか心配だ。ま、多分妻なら手を抜いてくれるだろうけど。
妻はゲームが強い。ぼくはゲームが嫌いというわけではないが、昔からあまりやってこなかったので弱いのだ。
「お手柔らかにね」
「うん」
ちゃんと聞いてるのかわからない返事だな……いや、多分あれでも聞いてはいるんだよな。
でも、あの感じだと……
「……」
一時間が経った。十二回は戦ったが、ぼくが勝てたのはそのうち二回。ちなみにその二回は偶然だ。たまたま攻撃が当たってたまたま撃墜できただけ。
妻は強すぎた。ぼくは甘く見ていたようだ。頑張れば引き分けぐらいには持ち込めるんじゃないかと考えていた。
「うーん……完敗だ」
「いやいや、二回も落としてるじゃーん。完敗じゃないよ」
「その二つはまぐれだよ。それを勝った回数としてカウントしたくない。君の完全勝利だ。まだまだ敵わないな」
ぼくに褒められたことで、妻の顔が赤くなる。おっ、ようやく仕返しができたな。
赤面する姿を見てクスクスと笑っていると、ビンタされてしまった。ひ、ひどい!
頬をさすっていると、妻がこちらに手を合わせて謝ってくる。
「ごめんっ、ちょっと強く叩きすぎた!」
「いいよいいよ、そんなの気にしないから。それより、ゲームどうする? まだ続きやる?」
時間的にはまだまだ余裕はある。こんな機会そうそうないんだし、もっとやってもいい気はしてる。
「そこは君におまかせするよ。わたしが決めることじゃない」
「え、いやいやいや、ぼくが決めるの!? そこは君が決めていいよ。元々君が始めたことだし」
「……確かにわたしが始めたことだね。じゃあ、わかった。そろそろやめよう。飽きたでしょ?」
飽きてはいないが、まあそういうことにしよう。
ぼくは妻に向かって首肯する。
「……どうだった? 楽しくなかった?」
コントローラーを片付けてるぼくの背中に声がかかる。
「いや、楽しかったよ。久々にやれてよかったと思ってる。なんでそんなこと聞くの?」
「……なんでもないよ。楽しめたならよかったー。わたしとしてもめちゃくちゃ嬉しいよ!」
妻が喜んでるのが顔を見なくてもわかる。結婚してからそんな経ってるわけではないのにね。
これも愛がなせる技かもしれない。なんちゃって。ちょっと気恥ずかしいな。口に出さなくてよかった。
「そうだ。なんか食べるもの持ってきてよ」
……ヨーグルト、ゲームする時に食べてたじゃん。ま、いいんだけどね……
「はいはい」と言いながら、ぼくは台所まで向かう。
多分、妻は小腹を満たせるものを求めている。なら、これでいいだろう。
ぼくはそれを皿に入れて妻の方まで持っていく。
「あたりめ? なんで?」
「え? お気に召さなかった?」
「いや、そういうわけじゃないけど……チーズとか、サラミとか他にも色々あったじゃん?」
ああ、確かに買ってたな……
「ごめん、一番近くにあったから持ってきた。嫌なら取りかえてくるけど、どうする?」
「大丈夫だよ、あたりめも嫌いじゃないから。それに、嫌いだったとしても君が持ってきてくれたものならちゃんと食べるようにするよ。わたしは君の妻なんだから」
『妻なんだから』……『妻なんだから』……その言葉がずっと頭の中で反響する。
ぼくの妻であることは事実だ。でも、どこか実感がなかった。妻の方はぼくのことを夫とは思っていないんじゃないかと考える日もあった。正式に結婚してるんだから、そんなことありえないんだろうけどね。
でも、これで明らかになった。妻はちゃんとぼくのことを夫と思ってくれていた。安心した。
「……ありがとう、気が楽になった」
「え、う、うん……こちらこそいつもありがと」
妻はピンと来ていないようだな。でも、別にいい。
「と、取り敢えず食べない? ずっと立ってると足が疲れるでしょ」
「そうだね、座ろっか」
二人で仲良く一緒にソファへと座る。
それからどれくらい時が経ったのかはわからない。でも、とても幸せだったことはわかる。
「楽しいな」
「……うん」
妻がぼくの肩に寄りかかってくる。疲れたのだろう。寝てしまった。そのままにしないとな。
……こうしていると、妻は天使……いや、女神様のようだ。この世のものとは思えないほど、整った目鼻立ち。清潔さを感じさせる白い肌。絹糸のような細く美しい髪。どこをとっても素晴らしい。ぼくと同じ人間とは思えない。
ただの寝息すらも美しいと思うよ。本当にね……
「……これからもたくさん食べたりしていいからね」
ちょっぴり普通の人より食事量の多い妻だけど、これからはそんなこと気にしたりしない。
何故なら、彼女にはそんなことどうでもよくなるくらいいいところがたくさんあるから。
君がいっぱい好きなものを食べられるように、これからもたくさん頑張るよ。
あ、もちろん妻にもちゃんと働いてもらうけどね。ぼくはぼくで頑張るってこと。
「見守ってくれると助かるよ」
妻の髪を撫でつけながら、ぼくはボソリとそう言った。