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恋人は戦場の聖母 〜王子の全力溺愛物語〜  作者: 嘉多山 瑞菜
第10章 狂気の狭間、深まる気持ち
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10

真理が連れて来られたのは、予定として聞いていたウクィーナ共和国首都の病院ではなく、ノントレイ国の首都だった。


アレックスから、ここはグレート・ドルトン国の大使館がありそのすぐ側に総合病院があるので、警護も含めて都合が良いと説明されたのだ。

ウクィーナでの国境警備のためのアレックス達の中継所として機能していたため滞在が出来るようにしていたらしい。


解放された午後にはノントレイ国へ入国し、病院へ直行。

検査した結果、肋骨3本にひびが入っていた。特にそのうちの一本は骨折と言ってもいいと診断された。

全治2ヶ月くらい、安静にするように、そして患者に無理を絶対にさせないようにと医師に強く言い含められた・・・アレックスが、だ。


脱水や栄養失調など身体の衰弱が見られるとのことで、1週間は入院して欲しいと言われたが、肋骨のひびは特別な治療があるわけではない。

薬の内服とコルセット、そして当面の絶対安静。


だったらと、アレックスはわがままをごり押しした。

レントゲンとCT撮る時から過保護というか過干渉が激しくなっていたが、それこそ真理がまだこれほど恥ずかしいと思えることがあったのだと思うくらい、病院に色々言って、とりあえず、大使館のアレックス達の滞在用スペースで1週間過ごすことになった。

病院から医師が毎日、大使館へ診察に来てくれるように手配をしたのだ。


「あんたねぇ、いい加減にするっすよ」


キャンプで自分達を助けてくれたレンブラント少将は一緒にノントレイ国へ入り、改めて真理に自己紹介をした。

クロード・レンブラント、アレックスの首席補佐官だと。


見てるとアレックスと首席補佐官はどっちが立場が上か分からないほど、軽口の応酬だ。


今もやり合っている2人を見て、真理は笑うと痛むので、何とかこらえながらベッドに背を起こした状態で横たわり、面白く眺めている。


「うるせえ!なにがいい加減にしろだ?!」


アレックスはカリカリしながらクロードに噛み付いているが、どう聞いていてもクロードが正しい。


「ミリーちゃんにベタベタするなってことっす。医者に言われたっしょ。あんたの加減なしのバカ力は危険っす。肋骨のヒビは安静第一。肋骨に負担をかけるのは厳禁っすよ!ハグはもちろんお触り禁止。喘がせるのも禁止。折れたら元も子もないっしょ。ハッキリ言っとくっすけど、エッチも禁止っす!」


クロードがそれはそれは楽しそうに言うのをアレックスは、わかってるさっ!って言い返すとはたと動きを止めて変な顔をする。


「お前・・・ミリーちゃんって!?」


勝手なクロードに剣呑な顔をするが、首席補佐官は一枚上手だ。

涼しい顔で答えた。


「アメリア様の一般的な愛称はミリーっすから。そう呼んで良いと許可いただいたっす!」

「誰にっ!?」


「・・・私よ。アレク」


もういい加減、そろそろやめさせないとアレックスの精神衛生上良くない、そう思って真理が答えるとアレックスはムカついた顔そのままに、ベッドの縁に腰掛け、真理の肩にはぁーとため息を吐きつつ顔を埋めた。


「なんで、そんなのアイツに許すんだよ・・・」


拗ねた言い方に真理は静かに笑うと、シャワーを浴びてすっかりふわりとした感触に戻ったアレックスの髪に指を絡ませて、背中を宥めるようにトントンと叩いてやる。


「一般的なただの愛称よ、それに・・・真理は両親と貴方だけしか呼ばないから」


「真理っ!!」


暗に特別な呼び方はアレックスだけだと言うと、王子はガバリと顔を上げて、肩を掴むと真理の頬にキスを落とした。


「はいはい、それが近いっす!」


クロードが素早くアレックスの首根っこを掴み、真理の頬から引き剥がすと、今度こそ本当に真理は吹き出した。

吹き出したせいで痛む肋の辺りを押さえつつ、笑ってしまう。


「やめろ!クロード!真理が痛がる!」


真理は肩を静かに抱き寄せられて、押さえていた手を、大切なものに触れるように上から重ねられた。


「その言葉、そっくりそのまま殿下にお返しするっす。いいっすか?殿下がベタつけばベタつくほど、お預け期間は2ヶ月から長くなるっす!

それが嫌なら言うこと聞いて、パーソナルスペースを守ってくださいっす」


そこまで言われて、確かにお預け期間が長引くのは嫌だと思ったのか、アレックスは分かった、と一応不貞腐れたまま答えた。


信用できない言い方に、おかしくて真理はまた肩を震わせた。


クロードはタブレットを見ながら、少し真面目な顔をして2人に話し始める。


「1週間したら、ミリーちゃんの体調が良ければドルトンに戻るっす」


ドルトンに戻る・・・その言葉に真理の胸が躍る。2人で帰れるのだ・・・。


思わずアレックスの顔を見上げると、彼も嬉しそうに自分を甘く見つめてくれる。


「で、2ヶ月は安静っすから、静養先にノートフォークの離宮を準備させてるっす」


その言葉にアレックスは笑顔で頷いた。


「えっ?ヘルストンではなくてですか?」


ノートフォークはグレート・ドルトン国の南にあるリゾート地だ。温暖な気候に恵まれ、海のある風光明媚な土地で、別荘がいくつもある。そういえば、王室が離宮を持っていたと記憶しているが、まさか・・・。


「ヘルストンは気温が下がって寒いっすよ。雪もチラついてるし。肋骨にはノートフォークがいいっすよ」


クロードはにこやかにそう言うと、続けた。


「それに、この我慢できない殿下のお陰で、ドルトン中、大騒ぎっす。なにしろ世界中に生中継されてるところでベロチューかましてるっすから。私邸も王宮も空港もパパラッチ達がうじゃってるっす。問い合わせで王室府はパンクしてるっす」


言われて真理は顔を赤らめた。

そう、確かに喜びから自分も夢中で彼の口づけに答えてしまった。


頬染めた恋人を愛しさを露わに見つめながら、アレックスも彼女の髪に指を絡ませて黒髪にキスをすると、安心させるように言葉を継いだ。


「何も心配しなくて良い、メディアにはこちらからコメントを出しておくから」


クロードも頷いた。


「そうっす。殿下が恋人宣言してたのが良かったっすよ」


そしてニヤリと笑うと続けた。


「ベロチューの相手は兼ねてからお伝えしていたアレックス殿下の恋人。職業はジャーナリスト。取材中にザルティマイ難民キャンプ占拠に巻き込まれて人質に。サッシブの兵士に蹴られ肋骨にヒビが入る怪我をして全治2ヶ月。

当面は過酷な環境に身を置いた殿下の恋人の心と体調を慮って、取材はしないように、と話す予定っすが、良いですか?」


なんだか前半は下品な言い方だが、補佐官は何も間違ったことは言っていない。

あんなことをしてしまったのだから、それは大騒動だろうに、やはりここでも真理のプライバシーを守ろうとしてくれる。


真理ははい、と頷くと寄り添うアレックスを見上げた。彼もホッとしたような顔をする。

嫌だと言われるのじゃないかと不安だったのだろうか。


彼女の回答にクロードはにこやかに頷くと「ロナルド氏とノートフォークで会えるように調整してるっすから、それも安心してくださいっす」

そう言うと、ひょうきんな側近は、また後でと言って部屋を出て行った。


パタンと扉が閉じると、真理はくたりと身体の力を抜いて、アレックスの胸に額をつけた。


まだ解放から1日経っていないのに、急展開過ぎてさすがに心も身体も追いつかない。


「カーティス様も凄いけど、レンブラント様も優秀ね」


呟くように言うと、アレックスは

「ああ、口と行儀と態度は最高に悪いが、仕事は出来る奴さ」くつくつ笑いながら言う。


そして真理の肩とヒビが入った肋のあたりを優しく温めるように撫でると、真理の頭に顔を埋めて囁く。


「疲れただろう、夕食まで寝たほうが良い」


言われて、彼の手に自分の手を重ねて「アレクは?」と尋ねた。


心細さが滲み出てしまった・・・アレックスから離れたくないと思っている自分に驚くが、甘えたような態度になってしまう。


そんな真理の気持ちが伝わったのか、王子の表情は喜色に包まれた。


久しぶりに、耳朶に柔らかく唇を這わされて。


「もちろん、君のベッドに入れて。医者の言いつけは守るから」


その答えの後、そっと気遣うような優しい手つきで、身体に負担をかけないよう恭しく横たえられた。


そして、彼がルームシューズを脱ぎ捨てて、静かにベッドに潜り込んできてくれる。


彼の腕がしっかりと自分の肩に回り、真理は彼の胸の中に収まると、懐かしいアレックスの心音に癒されながら、久しぶりに穏やかな眠りへと落ちて行った。


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