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恋人は戦場の聖母 〜王子の全力溺愛物語〜  作者: 嘉多山 瑞菜
第10章 狂気の狭間、深まる気持ち
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メディカルチェックを受けて、真理はホッと息を吐き出した。

この後はウクィーナ共和国の首都周辺の病院に移動になると聞かされていた。


みんなを見渡せば、誰もが涙を零しぐしゃぐしゃの顔だったが、一様にホッとした空気が流れている。


唯一の妊婦だったタマリナは運び込まれたストレッチャーに寝かされていた。

食事が枯渇したせいでお腹の子への栄養失調も心配されたが、今は点滴の処置も受け落ち着いた顔をしている。


真理は近づいてタマリナの顔を覗き込んだ。


「タマリナ、気分はどう?」

「ありがとう、ミリー、大丈夫です」


うっすらと微笑んだ彼女にホッとする。

伸ばされた手を握り締めながら「良かった、本当に良かった」とお互いに笑いながら、また涙を流す。

彼女の夫の行方は分からないが、元気な子を・・・守り抜いた命を無事に産んで欲しいと願うばかりだ。


ふっとタマリナが心配そうに口を開いた。


「ティナは無事でしょうか」


その問いに真理の表情も曇るが、努めて明るい声で言う。


「あの軍人の方がティナは大丈夫って言ってるから、無事を信じましょう。必ずティナと一緒にタマリナに会いに行くから、だから元気な子供を産んでね」


タマリナが、はい、と泣き声で答えた時だった。

テントの入り口付近で交信していたレンブラント少将が振り返ってテント全体に声を掛けた。


「サッシブ達が連行されるっす、見たい人いるっすか?」


誰もがハッと顔を蒼褪めさせる。

自分達に地獄を見せた憎い相手が、たとえ無様に連行される姿でも見たくはない。静まり返る中、真理は手を挙げた。


「私は見たい」


泥と砂で汚れ、乱れた黒髪を気にせず、確固たる信念のようなものを秘めた表情に、彼はフッと頬を緩めた。


「さすがっすね、スマホで良ければ撮るっすか?」


手招きされて入り口まで来ると、そう聞かれる。真理の大切な相棒のカメラは、人質になった時点でサッシブ達に取り上げられてしまった。


「ありがとうございます。可能なら貸して頂けますか?」


彼はまたニカッと笑うと真理の手に、ほいとスマホを置いた。

ありがたくそれを受け取ると、開けられた入り口からテントの外に一歩出た。


周りに守るように軍人達が立つ。その間から真理は目を凝らして、歩いてくる・・・連行されてくる一団を見た。


朝焼けの中、両手脚に拘束具を付けられ、口には自殺防止の轡をされた状態で歩いてくる兵士達。


多国籍軍の軍人達に囲まれ、一番前を歩かされている壮年の軍人を真理は見つめた。


サッシブだ。


彼はその目になんの感情も映さず、前を真っ直ぐに見据えている。

しっかりとした足取りで、怯えも怖れも見せず歩いていた。


真理は写真を撮りながら、なんとも言えない気持ちが込み上げてくるのを感じる。


多くの命を奪い、残酷に殺し、自分の国の民さえも犠牲にすることを厭わない大佐。

この人間を何が凶行に、戦争に駆り立てたのだろうか。


今はどこにでもいる穏やかな中年男性にしか見えない。


知りたい、強く知りたいと思う。

裁判で彼が戦争に突き進んだ理由が明らかにされるのか・・・この戦争はただ一人の男の狂気なのか・・・自分はこの争いの真実に、何も辿り着けていない。


そんなことをぼんやりと思いながら、真理は連行されていく彼ら達の背中を見送った。


「もう良いっすか?」


考えに囚われていた自分に、のんびりとした声が降ってくる。

ハッと我を取り戻すと、彼のこの場にそぐわない柔かな顔を見返した。

ありがとう、とスマートフォンを返すと、またニカッと笑って彼は言った。


「写真は後で送るっすね」


その言葉に真理はびっくりする。

普通の穏やかな当たり前の会話に、やっと悪夢のような時間が終わったのだと、この瞬間、突然実感することが出来たからだった。

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