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恋人は戦場の聖母 〜王子の全力溺愛物語〜  作者: 嘉多山 瑞菜
第10章 狂気の狭間、深まる気持ち
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痛みに呻く女性の手当てを終えると、新しい包帯と薬を取りに医療用のテントへ向かった。

キャンプの運営スタッフ達は見張りをつけられているが、比較的、自由な行動を許されている。

そうでないと、途端に環境は劣悪になるからだ。


占拠されて最初の仕事は殺された難民達の死体の整理だった。

戦車に轢かれ、撃ち抜かれた・・・もはや肉片となった者達を難民達と一緒に穴を掘り、そこに埋めていく。あとで・・・救助された時のために、なるべく身元が分かるように埋葬していく。

難民キャンプのスタッフも自分達も涙と吐き気を堪えながらの作業になった。


人質となってすぐスタッフとジャーナリスト達は全員集められ、スマートフォンやタブレット、通信機器類を全て奪われた。


アレックスから貰った腕時計は彼らにとって気にならないものだったらしく、幸運なことに取り上げられずに済んだが、念のためGPSを切っている。


占拠されてから10日余り。

サッシブ副将軍の部隊は思ったよりも大きくないと感じていた。

多国籍軍に攻撃されて首都決戦前に、命からがら逃走したような規模だ。兵士は50人もいないだろう、装甲車も戦車や歩兵車両含めて10機あるかぐらいだ。


だからこそ助かる場合も、助からない場合も両方あると真理は考えていた。


これだけの兵士の数では、いくら女子供だけでも全ての行動を抑えることはできない、そう判断したのだろう、サッシブは2日に一度、食糧や水、医療品と引き換えに、ガンバレン国民を20名ずつ解放していた。


怪我人を優先するべきだと言った時は、殴られた。人間が死のうが構わないのだ、あくまで誰を解放するかの決定権はサッシブ大佐にあると、兵士に嘯かれ、足で頭を踏みつけられた。


それでも自分が殺されなかったのは、最後の切り札になるからだ。

難民キャンプの運営スタッフと自分以外にも何人かのジャーナリスト達がいる。


交渉材料として最後まで残され、自分達の身が危ない時は道連れにされるだろう。


サッシブ達が生き残れる確率は低いが、道連れという最悪の事態になりたくない。


そこまで考えて真理は、医療用のテントにいたティナに声を掛けた。


「タマリナの様子はどう?」


ティナはにっこりと微笑むと落ち着いてます、と答えた。タマリナはウクィーナ国人で妊婦だ。

住む街がガンバレン国の侵攻にあったときに夫と離れ離れになってしまい、ここになんとか辿り着いた。夫の生死は分かっていない。


占拠の時の攻撃にさらされて、流産しかかったが懸命の治療で、なんとか持ち直した。その彼女をティナが担当して世話している。


次の人質解放のタイミングで彼女を選んで欲しいがガンバレン国民がまだまだ多いから無理だろう。

それまで彼女とお腹の子を守らないといけない、と難民キャンプのスタッフ達も努力している。


真理は申し訳ない思いでティナを見つめる。

自分に着いてきたばかりに、こんな事に巻き込まれ、明日をも知れない状況なのに、彼女は非常に冷静だ。

戦争取材は慣れないと言っていたのに、謝る自分に気にしないでください、一緒で良かったとまで言ってくれた。


自分はともかくティナは逃がしてあげないと・・・生きて帰してあげないといけない、真理はそう考える。


夜に警備の手薄なエリアから逃げることは可能だ・・・実際に逃げた難民たちも多い。

南側はザルのような状態で、今も隙をついては難民達は逃げ出して多国籍軍に救助されている。


だが最期の切り札になるであろうスタッフとジャーナリストのテントがあるエリアは厳重に監視されていて身動きは許されない。

警備の手薄なエリアまで行く方法が欲しい。


どうやって・・・どうやったら・・・。

まとまらない考えに真理は頭を振った。


腕時計に触れる。


アレク・・・。


彼の太陽のような眩しい笑顔を思い出して、心臓がギュッと掴まれるような苦しさに苛まれる。


あの優しくて繊細な王子を、いま自分が恐ろしく苦しめてしまっているだろうと思うと悲しくて堪らなかった。


あんなにいつも守ると言ってくれている彼が、自分を責めていないか心配でならない。


好きって・・・愛してるってちゃんと口に出して言えば良かった・・・。


死ぬことは怖くない。母が病で長年にわたる闘病の末亡くなった時は、自分はまだ幼く死は恐ろしいものだった。

だが、父が銃撃戦に巻き込まれて死んだのを目の当たりにした時から、多分どこか自分の死生観は変わったのだと思う。


人はいつでも簡単に死ぬのだと、そして死は誰にでも平等に訪れるものなんだと・・・。

大切なのはどう死ぬかではなく、死ぬまでにどう生きるのかだと、そう思うようになっていた。

だから怖くなくなっていた。


アレックスは恐らくそんな真理の死に対する怯えのなさに気がついていたのだろう。

捕虜になれば、交渉材料になれば、簡単に自分の命を捨てるだろう、アレックスに諦めさせるだろう、と。

だから繰り返し繰り返し「君を守る」と言ってくれた。

彼のその気持ちがとてつもなく嬉しかった。


こうなって恐ろしいのは、自分の死よりアレックスを傷つけてしまっていることだ。

そしてちゃんと愛する気持ちを告げなかったことを激しく後悔している。


どう生きるか、ということであれば今の自分は失敗している。

初めて心から愛した人に気持ちを告げず、苦しめてしまっているのだ。

もしかしたら、言うことが叶わないかもしれない。


真理は口の中で呟いた。

ごめなさい、アレク・・・

大好き・・・愛してます・・・誰よりも。


自分の頬をわずかに濡らすものを、手の甲でグッと拭うと、真理はまだ諦めたわけじゃないと自分を鼓舞して、昼食の準備のためのテントに向かった。


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