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恋人は戦場の聖母 〜王子の全力溺愛物語〜  作者: 嘉多山 瑞菜
第9章 同じ空の下
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月が真上に昇り深夜になった頃、静かにザッとテントの入口が開く音がして、真理は目を覚ました。

戦地にいると熟睡はできない。気配が少しでもすると意識が覚醒するのが常だ。


ピクリと身体を震わせた。自分のテントの入り口から誰かが入ってくる気配がする。

ごそごそとゆっくり四つん這いで近づいてきた。


この場合、レイプか物取り・・・女の自分なら90%の確率で身体が目当てだ。


寝袋の中で寝たふりを続けたまま、身体の下に置いた護身用のスタンガンとナイフを両手で握る。


自分にそいつが覆い被さってくるのを見計らって、真理は身体を素早く起こした。

喉元狙ってスタンガンを出そうとしたところ、その手を強い力で掴まれて、口を手で塞がれ押し倒された。


「・・・ふっ!つっ!」


想定内の相手の動きを躱すように、身体を捩りながら反対の手でナイフを背中に突き立てようとした瞬間


「しっ!真理」


耳元で愛しくて懐かしい声がした。

びっくりして、まじまじと暗闇の中で目を凝らすと、拗ねた顔の彼が自分を見下ろしていて。


口を塞がれていた手がゆっくり離れていくと、今度は身体がしなるほど、きつく抱きしめられた。


肩に彼の頭の重みを感じて、耳朶をペロリと舐められる。


「ア、アレク・・・なんで・・・」


考えてもいなかったので、喜びよりも驚きばかりで。

声が漏れてはいけないと、ひそひそ声で言うと、彼がクスリと笑う気配を感じた。


戸惑う真理の身体を確かめるように、熱を帯びた大きな手のひらで撫でながら、彼は器用に寝袋のジッパーを下ろす。


寝袋の前が開かれて全身が顕になると、ぴたりと身体を押し付けてきた。


「まったく・・・恋人を忘れるなんて・・・」


しかもスタンガンにナイフなんて危ねぇ、と耳元で言うと、身体を起こして、唇を重ねてきた。


突然のことに真理は頭がついていかないが、アレックスの唇は荒々しく真理の口内を舐り始める。


頬を擦る彼の無精髭の感触と、自分の身体を覆い尽くす逞しい身体に仄かに香る汗とムスクと砂漠の砂の混じった香り。


傍若無人だけど、大切に快楽を与えようとして蠢く彼の舌。

溢れた唾液に濡れた唇を清めるようにやんわりと両方食まれて、やっと彼が顔を上げて、自分の顔を覗き込む。

暗闇の中でも分かる・・・熱情に駆られた琥珀の瞳に見つめられる。


「アレク・・・」


真理はおずおずと彼の頬に手を出して滑らせ、無精髭の感触を確かめると、彼が左腕を掴んで、目の前に嵌めたままの腕時計を示した。


「夜中に君のテントに行くって連絡したのに・・・見てないだろ」


拗ねた口調で言われて、あ、と真理は口を開いた。寝落ちして気づかなかった。

ごめんなさい、と素直に謝ればくつくつと笑って真理の肩に顔を埋めながら話しを続ける。


「君が来てることに驚いた、まさかここまで来るなんて思ってなかったから」

「多国籍軍が連れてきてくれたの」


そうか、と言ってアレックスは首の皮膚の薄い箇所に唇を這わせて吸い上げる。

久しぶりの感触に、真理は密やかに吐息を漏らした。


彼の背中に腕を回して、柔らかく抱きしめると、アレックスは身体の力を抜いて全身を預けてくる。彼の重みを受け止めながら、真理は久しぶりの恋人の感触にホッとした。

いつの間にか、この熱に、重みに包まれることにとてつもない安心と充足感を得ていたのだ。


「怪我はしてないか?体調は大丈夫か?」


こんな場所なのに甘やかし屋さんな彼は気遣ってくれる。その問いに大丈夫、と答えて真理もずっと心配してたことを聞いた。


「アレクは大丈夫?食べられてるの?眠れてるの?」


そう聞くと、顔を起こしてまたキスをされる。

くちゅくちゅと舌を絡ませ合い吸い合うのが心地よい。


キスを解くとまた肩に顔を埋められて、耳元でアレックスが答えた。


「ああ、毎日君のことを想ってたから大丈夫だった。真理が近くに、この戦場に居てくれる、そう思うだけで、任務に俺の心は耐えられた」


良かった、そう言ってやんわりと彼の背を撫でるとアレックスは続けた。


「厳しい戦地でこんなに気持ちが冷静でいられたのは初めてだ。ちょっとした時に君の居場所をGPSで確認するのが楽しみだった」


そう言われて真理は嬉しい。

お互いの存在が支えになれる幸せを噛み締める。彼のこめかみに唇を触れさせながら、私も、と答えると彼は身体を震わせた。


真っ暗な中、抱きしめあってお互いの温もりを感じ合う。

耳朶に唇を触れさせたまま、アレックスは唐突に言った。


「この時間はご褒美なんだ」

「ご褒美?」


意味が分からずキョトンとしたのが分かったのだろう。アレックスは続けた。


「明日、俺は首都に向かう。そこで特殊部隊と合流して最後の判断をする予定だ」


急に現実的な話になって真理は混乱した。

アレックスが首都へ・・・その言葉に心臓が掴まれたように心が冷える。


ガンバレン国の陥落はもう時期なはずだ。何も第二王子がわざわざ行って危険な場に立つ必要はない。

それこそ、手柄を盛大にアピールしたい多国籍軍に任せれば良いじゃないか。


言葉を失った真理の沈黙に、アレックスも彼女の言いたいことが分かったのだろう。


「俺はこれでもドルトン軍の中将だ。今回の戦争では本部だけでなく、地上部隊の副司令官も国王陛下より任されている。だから最後までこの戦争を見届ける責任がある」


彼の言いたいことは分かる。はじめてアレックスの軍人のプライドに触れたような気がした。


「それに多国籍軍は編成されてる国数が多い。時としてそれぞれの国の思惑と野心が見え隠れする。ただでさえ停戦を前に、どの国も色めき立っている。勝利を前に無益な血が流れかねない。ドルトン軍は国連にも多国籍軍にも発言力も影響力もある。その力を犠牲を抑えるために使いたい」


だから・・・と王子は続けた。

「俺は行く」


その言葉に真理は頷き、自分も告げた。迷っていたが心は決まった。


「私も行く」


そう言うと、自分を抱きしめる腕が強くなり、唇に触れるだけの優しいキスが落ちてきた。


「そのご褒美として真理に会わせてもらえたんだ」


急に話しが戻って、またキョトンとしながら真理はアレックスの無精髭だらけの頬に手を添えた。


暗闇の中で目がだいぶ慣れてきて、キスする距離なら表情が分かる。

自分の頬を撫でる感触に、心地好さそうに目を細めながら彼は言う。


「ああ、真面目に働いてるご褒美。ジジィが真理が来てることを知って、明け方まで会いに行って良いって許してくれた」

「ウィリアム副司令官が?」


アレックスから、戦地に行く間はテッド・カーティスではなく、別の軍人・・・レオライナー・ハートを何かあった時の連絡係にした、と言われていた。

アレックスの上官は、ウィリアム副司令官だ。レオライナーの許可を取るときに真理のことを—-ハロルドのことも含めすべて白状したと言ってたから、そういうことなのだろう。


真理はほんのり気恥ずかしくなる。自分達のことを・・・王子の恋人が自分だと言うことを知る人が増えていく。


「ジジィはハロルドのファンだからさ。君が前線にまで来たことをえらく褒めてて。首都に行く前に、特別に会いに行って良いと許可してくれたんだ」


チュッチュっとアレックスは話しながら、こめかみや耳朶、髪の毛に口づける。

抱きしめていただけの手が、さわりと身体の感触を確かめるように動き出す。


「・・・アレク・・・」


久しぶりの愛撫に目の奥も身体の奥も潤んでくるのを感じて、真理は僅かに身動ぎするが、逞しい男の身体の下では動けるわけもなく。

そこでやっと、意図的に体重をかけられて動けないようにされてることに気づいた。


「あのジジイ、その後に俺に釘刺したんだ。真理に会いに行っても良いけど、こんな場所だから同衾するなってさ。君を娼婦のように扱って貶めるな、敬意を払ってキスと抱きしめるだけにしとけって」


古臭くて変じゃねぇ・・・悪い言葉遣いで、また拗ねたように言うアレックスに真理はおかしくなってクスクス笑ってしまった。

彼はずっと軍歴40年の副司令官に可愛がられているのだろう、祖父のような愛情を感じた。


「ステキなアドバイスね」


ふふっと笑う真理に、アレックスはそうか、とひっそり笑う。そして真理の来ているシャツの裾からするりと手を入れながら言った。


「キスだけなんて無理だ。こんなに会えなかったのに・・・。真理は俺の恋人で・・・俺だけの娼婦だろう・・・抱くよ?」


もう身体が汚れているからとか、周りには他のテントがたくさんあるから、とかそんな事はいえなかった。

はっきりと求められて否とは言えない。

離れていた時間は長すぎて、ずっと恋しくて寂しくて仕方がなかったから。

自分も彼を感じたくて仕方がないのだ。


真理は頷くと、彼に縋った。

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