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恋人は戦場の聖母 〜王子の全力溺愛物語〜  作者: 嘉多山 瑞菜
第9章 同じ空の下
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多国籍軍と共に、真理達ジャーナリスト達はグレート・ドルトン王国前線本部にほど近い国境付近にキャンプを張って、その時を待っていた。


グレート・ドルトン王国軍の本部は砂漠の中でありながら、大型の軍用トレーラーから小型の軍用車まで、100台以上を連ねて、要塞のような本部を設置していた。

めったに公開されない、その雄々しい容貌に誰もが、過去に様々な軍の装備を見てきたランディさえも息を飲んだ。


強固な外壁のように、本部を囲んで設置されている巨大な軍用トレーラーからは、内部を伺い知ることは出来ない。


ガンバレン国の今の軍事力では、この本部は落とせないだろう、と真理は安心した。


シュナイド砂漠に入って3日、そろそろ待たされることにイライラし始めた時に、ドルトン軍の戦局報告の場を設ける、との連絡があった。


皆、一様に色めき立ったのは言うまでもない。


指定された時間に、メディアのキャンプ内に特別に設えられた天幕内で真理は始まるのを待っていた。念のため、列の一番後ろの目立たない所に位置取りをする。


気持ちがそわそわしてしまうのを止められない。天幕の入り口を一心に見つめてしまう。


それまで、ひしめき合うメディア達でざわざわしていたが、多国籍軍の広報が入ってきて一瞬、シンと静まり返った。

すぐにカメラのフラッシュが点滅し始めて、真理もカメラを構える。


彼らに続いて入ってきた軍人達を見て、今度はおおっ、というどよめきが沸き起こり、真理は思わず構えたカメラを下ろした。


数人の軍人に守られるように入ってきた中心に、ドルトン軍が誇る名将、副司令官のウィリアム卿がおり、その後に続いていたのが・・・彼だ——。


伸びてくるっとしたくせ毛が跳ねている髪の毛、静かな面持ちで、居並ぶメディアを見据える鋭い眼・・・誰もがその赤毛と琥珀の瞳を称賛し、王国の軍神と称える第二王子がいた。


戦地ではほとんど姿を見せないアレックスにメディア達は興奮していた。

真理は身体が震えそうになるのを叱咤し、あえて彼を見ないように顔を伏せて視線を外す。


だが・・・そうはしても見たい気持ちがまさってしまい、顔を上げるとじっと彼を見つめた。


無精髭を生やし、少し痩せた体躯のアレックスがいて、今すぐに抱きついてしまいたい。

でもそれば出来なくて・・・葛藤する乙女心は、ウィリアム卿が話し出したことで、やっと仕事に引き戻された。


グレート・ドルトン王国軍がシュナイド砂漠を制圧した経緯から、空爆についての説明、そして一番に地上戦に入った特殊部隊などの説明を戦局とともにしていく。

その間、アレックスは何も喋らなかった。


質疑応答になって、たくさんの質問が飛ぶとアレックスが答え始める。


「クリスティアン殿下、今回の空爆誘導はかなり成功していると評されているが勝因は何か」

「我が特殊部隊の情報収集の精度が高かったことだ。今回の戦争はある意味情報戦でもあったと感じている」


「開戦日の空爆はそれを象徴する作戦だった?」

「ああ、そうだ。あの空爆が決め手になったと考えている」


淡々と答える表情は冴え冴えとした冷静さに満ちている。


「空爆を停止した理由は?」

「さっきウィリアム副司令官から話があった通り、多国籍軍は38箇所の軍事拠点と軍備保管庫を破壊している。ガンバレン国の軍事力は我々が狙ったレベルまで低下したため、計画を次に進めることにした」


「今、ガンバレン国兵士達は首都決戦のためか、続々と首都に行軍している。なぜ、そこを空爆しないのか?そこを潰せば、もっと早く決着が着くのではないか?多国籍軍からは、ドルトン王国軍が反対したと発表されている」


その記者の問いに、アレックスが怒りを堪えるかのようにグッと一瞬目を閉じた。


ウィリアム卿が口を開きかけたのを、アレックスが押しとどめるように、手を副司令官の前に出し、さらに低い声で続けた。


「確かに我々が、特に自分が必要ないと判断した。我々の攻撃の目的は、人命を奪うことではない。軍事力を削ぐことだ。そういう意味で、必要ないと判断している」


一気にそう言ってから、アレックスは皮肉に顔を歪めて問い返した。


「君は早い勝利のために、ガンバレン国民が・・・罪のない人間がたくさん死ねば良いと思うのか?」


その問いに、質問した記者をはじめ、会場にいた全員が、シンと静まり返った。


王子は淡々とした口調で話しながら、居並ぶ報道陣達を見渡した。

一瞬、自分のところで視線が絡んで、真理は息をのむ。


「過去の戦争のように、死のハイウェイを作ることは、人道的に許されない。ガンバレン国の兵士の中には、強制的に徴兵されている者も多いと我々は把握している。直近の情報では、兵士の士気も下がっており、投降も増えている。そんな人間に攻撃は必要ない。流す血は最小に。我々の目的はウクィーナ共和国の解放だ」


そこまで言うと、話しは終わりだとばかりにアレックスはウィリアム卿の後ろに下がった。


最後にウィリアム卿から、地上戦の戦局で勝利が近いとの言葉が出て、会場が一気に沸くと、そこでグレート・ドルトン王国軍の会見は終了した。


天幕を出ると、ティナと最前列に割り込んでカメラを回していたランディと共にキャンプへ戻る。


「いよいよ首都か、ガンバレンは降りるな」

「どういうことですか?」


意味が分からないのだろう、ティナが尋ねるとランディは頭をグシャグシャ掻きながら言った。


「さっきの話じゃ、もうガンバレンは戦える力がねぇ。ウクィーナ共和国内から、ガンバレン国はほとんど撤退している。南の国境付近もじき多国籍軍に奪還されるだろう。しかもドルトン軍がシュナイド砂漠を抑えたまま、多国籍軍とドルトン軍がガンバレン国の首都に進軍してる。これじゃあ、今度は自分達の国が属国にされちまう」


その説明に真理も同意した。


「首謀者の国防相がどうしたいのかわからないから不気味だけど、勝敗だけで考えれば決着はついてる。無駄に首都決戦なんてしないで、停戦に持ち込んで欲しいわ」


焼け焦げたり、千切れた死体をこれ以上見たくなかった。そして慟哭する一般市民の悲しみを。


ランディは、そうだな、と答えると、思いついたように続けた。


「あのクリス王子が戦地で質疑応答に答えるなんて思わなかったから驚いたが、なかなかに良い画像が撮れた。流す血は最小に、とは恐れ入った。あの切り返しを、よくも堂々と言ったな。軍なんて小僧王子のお遊びかと思っていたが、いい軍人になったもんだ」


思いがげず恋人を褒められて、自分が嬉しくなって頬が緩みそうになるが、なんとか止めると真理はそうね、と素っ気なく返事をする。


地上戦が始まって、4日。

終わりが見えてきた。このまま多国籍軍と首都に行くか、別の場所に取材に行くか真理は考えていた。


ランディ達とキャンプに戻り、一緒に軽く夕食を取った後、一人でテントに戻る。

撮った写真をチェックも兼ねてクラウドに上げると、ふぁっと欠伸が出た。


ここのところ、睡眠時間が短くてさすがに疲れが出てきたか。ティナの様子を見に行こうと思っていたが諦める。

明日以降、また慌ただしく動くかもしれない、今日は早めに休もう、とりあえず寝袋に身体を押し込め、そう思うと、真理はすぐに眠りに落ちていた。


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