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恋人は戦場の聖母 〜王子の全力溺愛物語〜  作者: 嘉多山 瑞菜
第1章 王子の探し人
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「多国籍軍にも照会しましたが、女の従軍はいなかったそうっすよ」


1番の側近でもあり士官学校時代からの親友でもあるクロードはタブレットで調査結果を示しながらそう言った。


アレックスは憮然とした顔でそうか、とだけ言った。


「やっぱり殿下の勘違いじゃないっすか?女ってのは。男を探した方が早いっすよ」


アレックスの恩人探しに辟易してきたのか、クロードは肩を竦めながら言い募る。


「いや、絶対女だ」


「どうしてそう言い切れるんですか?あんな戦闘後の場所に女が・・・しかも治療ができて衛星をハッキングして無線が使える御誂え向きの女がいたなんて」


都合よすぎの夢っすよ、とクロードは悪し様に答えるが、それを無視してアレックスは命じる。


「フリーも当たれ。あの国の入国記録も調べろ。あとロナルド・ジョーンズにつけている奴からも報告させろ」


はぁーーーと盛大なため息をわざとらしくついて見せるとクロードはへいへい、と言いながら執務室を出て行った。



襲撃を受けたあの夜をアレックスは苦々しく思い出す。


あの野戦病院はグレート・ドルトン軍が前線司令部の隠れ蓑として使っていた場所だった。


いったいどこから情報が漏れたのか、ガンバレン国は明らかに病院ではなく、自分達の一斉掃討を狙って襲撃してきた。



敵の狙いはただ1つ。

前線に立つこの国の第二王子、、、自分の命だ。


今までも戦地に向かうたびに標的になってきたし、殺害予告も数知れないほど受けてきたから、

この襲撃もそこまで恐ろしいものでは無かった。


地の利はある。襲撃されても撤退できるように作っていた隠蓑だ。


反対する部下達を半ば脅すようにして、むりやり地下通路から逃がし、自分は反対側に作ってあった塹壕目指して囮になりながら敵兵の前に飛び出して行った。


こういう時は古典的なやり方が効果的だ。閃光弾と手榴弾を何発も投げ目眩しをし、自分は銃で応戦しながら、会えて敵兵の真ん中を走り抜ける。


病院裏の林に飛び込もうとした時、それはもう滑稽なほどに映画などでありがちな衝撃が左の脇腹を襲った。


手榴弾の爆撃の中、当てずっぽうで飛び込んできた敵兵の短刀が脇腹に突き刺さったのだ。


痛みをこらえながら相手の脚を銃で撃ち、林の中に走りこむ。


閃光弾の鮮烈な光が収まり、わずかなサーチライトだけの闇に戻った病院周辺を敵兵が自分を探し回る足音がした。


この地に自生するパンパスグラスは偉大だ。

暗視カメラからも身を隠してくれる。


敵兵に見つからないようパンパスグラスの根元に腰を下ろして、息を詰めると一気に脇腹の短刀を引き抜いた。


防弾ベストのおかげで、内臓に達していなかったのがラッキーで。


噴き出す血しぶきを押さえ込むように、手のひらで傷口を圧迫したまま、匍匐でパンパスグラスの波の中を塹壕目指して進んだ。


林の中に入った敵兵達がパンパスグラスの密集群にも入ってこようとする音がする。


急げ、急げ、急げ、、、でも相手に気取られるな、静かに、静かに、静かに、、、

呼吸も痛みも恐怖も押し殺して前に進め、、、


地べたを這いずり回って、やっと目当ての塹壕にたどり着いた。


そこから先の記憶はほぼ無い。


だけど、ふと意識が浮上した時、人の気配を感じた。

誰かが献身的に自分の傷の手当てをしてくれている。


覚えているのは、頬を撫でる優しい手の感触、柔らかく抱きしめてくれる温もり。


そして彼の人から香っているのだろう、鼻腔をくすぐる爽やかなオレンジの香り。


死への恐怖が霧散し、いつしかあんな状況のなかで確かに自分は安らいでいたのだ。



アレックスはデスクの引き出しから、淡いピンクのハンカチを取り出した。


角に愛らしい小花を散らした刺繍があるコットンのそれには、洗っても落ちないどす黒い血の染みがある。


自分の血だ。


傷の止血をした時に、手持ちのガーゼや脱脂綿を使い切ってしまったのだろう。

救護班が到着する直前、最後に消毒してくれたらしく、その時にこのハンカチが傷に当ててあったのだ。


治療にあたった医師が機転をきかせてこれを取っておいてくれたおかげで、自分の手元に戻ってきた。


このハンカチの存在はウィリアム卿にもクロード達にもまだ言ってない。


誰にも触れられたくない、、、自分と彼の人との唯一の繋がり。


ハンカチを愛しむように撫でる。


何としてももう一度会いたい、、、

会って感謝の気持ちを伝えたい、、、

貴女のおかげで、自分は生き延びることができた、と。


顔すらも分からない相手に、こんなに思慕の念を抱くなんて思いもよらなかった。


どうしてこんな気持ちになるのかわからず、でもアレックスは諦めるつもりなど全くなく、ただ目の前の唯一の手がかりを握りしめていた。

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