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恋人は戦場の聖母 〜王子の全力溺愛物語〜  作者: 嘉多山 瑞菜
第4章 溺れる愛しさ
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アレックスの次のデートの提案に、真理は思わず手に持っていたカメラのカバーを地面に落とした。


これがレンズやカメラ本体だったら泣きが入るところだったが幸いにもカメラカバーだ。


「な、な、な、な、なんて言ったの?殿下?」

「だから、せめてアレックスをつけろよ、、、

真理、落ちてる」


粗野な言葉なのに、優雅な所作で、アレックスはカバーを拾うと土汚れを叩いて払い、ニッコリと微笑みかけながら真理に渡した。


この王子は、いつも口の悪さと品の良い動きにギャップがある。


音楽祭以来、2人の仲はアレックスが目論んだとおり、進展していた。


あの日のアレックスの思惑を真理は知る由もないが、自分の態度が極めて恋する乙女のようになりがちなことを真理は自覚している。


どんなに恋愛に疎くても、恋心に気づいてしまえば変わっていくのは当然だ。


だが、今は・・・


真理は、アワアワと頭に血が上ったような怒り顔で、アレックスが差し出したカバーを無言で受け取るとそれををギュッと握りしめて、キツイ眼で相手の男を睨んだ。


そんな怒り顔が可愛いと思われているのは、当然気がつかない。


今日は爽やかな天気だったので、アレックスに王室騎兵隊の馬場に連れてこられてた。


民間人がおいそれと入ることができない場所だが、2人のデートはどうしたってマスコミや人目を避けてアレックスの護衛の範囲でのデートになる。


真理はそれが嫌ではない。

市井の自分では、見ることのできない、立ち入ることのできないところに連れて行ってくれる。


それは王子様とのとびっきり贅沢なデートだと真理は感謝していた。


今日だって王室騎兵隊の綺麗な馬達が訓練しているところを見せてもらっているのだ。

写真まで撮らせてくれる、そんな贅沢を真理は畏れながらも楽しんでいる。


でも!さすがに!


今のアレックスの提案は聞き逃すことも、同意することもできない。


彼が告げたのは

「ジョージ国際映画祭」を観に行こう、だった。


ジョージ国際映画祭は世界でも最古の歴史を誇る映画祭だ。


グレート・ドルトン王国は独立精神が強い。


EUに加盟しなかったり、軍も多国籍軍には組みさなかったりしているのが顕著なところだが、この映画祭も国際映画製作者連盟には加盟せず、独立不羈を貫く「伝統と格式の国際映画祭」と呼ばれファンが多いのだ。


世界中から映画製作にたずさわる、ありとあらゆる人間と映画ファン、メディアが集う華やかな一大イベントで、特に初日のプレミアムショーの豪華さは、世界中でニュースになる。


確かに真理はアレックスに映画を観るのが好きだと言った、そしてアレックスも映画好きだ。


いくら2人の共通の趣味だからといって、いきなりこんな大きな映画祭は困るのだ。


「困らないよ、真理の心配はなに?」


馬場を駆け回る馬を見やりながら、アレックスが問うた。


心配、、、そんなのありすぎる、、、


「だって、撮られるわ・・・王子の連れは誰だって詮索される」


それに、、、と言いかけた真理の言葉にアレックスが被せた。


真理の方に向き直り、彼女の両手を取ると、握りしめながら言う。


「真理のプライバシーが暴かれて侵害されるかもしれない、だよな」


真理はその言葉に嘆息して頷いた。


「そう、私はメディアに自分を晒すのはイヤ」


真面目な顔で自分を真っ直ぐに見つめるアレックスの視線とぶつかる。


握りしめられていたアレックスの手に力がギュッと篭ると静かに引かれて、前に座るように促された。


アレックスの瞳の色が真剣で、急にバツが悪くなりそこから眼を逸らそうとすると、顎を掴まれて視線を合わせられる。


「撮られない、とは約束できない。だから撮られたとしても、真理のプライバシーやハロルドは晒されないよう万全を尽くす」


アレックスが真剣な顔で真理に言い聞かせるように続ける。


「俺はいつだって撮られる立場だから、俺と一緒だと必ず撮られてしまう。真理が嫌なのは分かってる。でも撮られたとしても、君のプライバシーを守る方法はあるし、絶対に守るから、、、だから、、、」


だから、、、


彼の声が僅かに震えたように感じる。


なんでも自由にすることを許された立場の人なのに、、、望めば叶わないことなんてないのだろうに、、、。


民間人の、それこそ一般人の自分にここまで手をかける必要なんてないのだ。


こんな風に言われて心が動かない人間などいるのだろうか。


写真を発表しはじめた頃、別に【ハロルド】は秘密にしようと思っていたわけではない。

ただ父の遺志を継いで撮り続けるために、父の名前を使っただけだし、性別を公表することが必要とは考えてなかったからだ。


従軍していれば、女性のジャーナリストはそこそこの数はいる。


なんとなく言わないでいたことが、いつしか自分を守り、安全に活動するための保険のような扱いになってしまっていた。


王子と出かければ、どんなに慎重にしたって、今までだって撮られてないとは言い切れない。


この瞬間だってだ。

最初から分かっていたこと。


でも、と真理はこの3ヶ月あまりを思い出す。


ちょっとお忍びでスーパーでミネラルウォーターを買ったって、大衆紙に掲載されてしまう程の立場なのに、自分との外出は何一つ、それこそ思わせぶりなものすらも、この3ヶ月、出てなかった。


どれだけ自分と会う時間を大切に慎重に護ってくれているのかは、もう伝わっている。


自分は王子とデートすることを選んだ。

彼の誠実さに答えるべきだとも思う。


真理は根負けしたようにフッと無意識に詰めていた息を吐いた。


「だから、一緒に行きたいんだ」


苦しそうに、拒絶されることに怯えるように絞り出される彼の願い。


いつだって彼の誠実さに自分が傅くしかないのだ。


「分かりました。そんな素敵な場、嬉しい。私も行きたいわ」


ありがとう、、、そこまで言いかけると、王子はパッと花が開いたような笑顔をすると、大げさに両手を広げて真理の腰に抱きついた。


喜びのあまりか、子供のように真理のお腹に顔を埋めてぎゅーぎゅー抱きしめる。


「でっ、でっ、殿下!ちょっと!」


誰もいないと言ったって、馬上の調教師たちからは見えるのだ。


慌ててなんとか引き剥がすと、王子は嬉しそうな笑顔のまま、真理を見つめた。


「ありがとう、真理。君は、、、なんていうか、、、」


「なんですか?」

「とても潔いというか、肝がすわってるな」

「それ褒め言葉?」


真理がクスリと笑った。

確かに同年代の女性よりはそうだろう。


「だって、でないと王子様とデートはできないでしょ」


そう言った真理の微笑みを眩しいものでも見るようにアレックスは目を眇めると、もう一度、ありがとう、と言いながら真理のそれに唇を寄せていった。


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