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恋人は戦場の聖母 〜王子の全力溺愛物語〜  作者: 嘉多山 瑞菜
最終章 きみを死なせない
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エピローグ

ステージにライトが点き、プロデューサーや、ディレクター、カメラマンやADがくるくると本番準備を進めていく。


アレックスは真理と一緒にその様子を眺めていた。何事にも好奇心旺な我が婚約者は、緊張するどころか、興味津々で見つめている。


婚約が発表されるや否や、それはもううんざりするほどの取材攻勢にあったが、国民への真理の紹介は、あの惚気トークショーで約束した通り、GDBCの「ビクトル・ファーセンのトークショー」ですることにした。

ついでに婚約会見のインタビューも兼ねている。


そして、2週間後に迫った二人にとって思い出深い「ヘルストン・パレス・コート・フェスティバル」に婚約者として国民の前に出ることが決定していた。







全ての打ち合わせにリハーサルも支度も終わり生放送まで、あと30分足らず。

既に観客も入り、ステージ上では司会のビクトルがマイクで最終の音声確認をしている。


「殿下もミリーちゃんも、少し休んだらどうっすか」


クロードがニコニコしながら、冷たいフルーツソーダを持ってくると、傍らの真理は「ありがとうございます」と可愛らしく微笑んだ。


今日の真理はいつも以上に綺麗だ。


自分が選んだ淡いピンクのガーリーなカットワークのフレアドレスを纏ったが、レーシーな透け感が真理の肌に艶やかに合っていて、匂い立つような麗しさを醸し出している。

マダム・ミューラーがミリ単位で拘った渾身のミディ丈もプラスされて、彼女をいっそうエレガントに際立たせていた。


そして左手の薬指には紅琥珀の婚約指輪、そして服装に似つかわしくない揃いの軍用腕時計。

アクセサリーをこれだけにしているのも嬉しい。


どうしたって、愛しい婚約者にアレックスは見惚れてしまうのだ。


二人でステージ袖の椅子に腰掛けて、ソーダで喉を潤していると、あら?と真理が首を傾げた。


「アレク、ポケットチーフを忘れてるわ」


アレックスはチャコールグレーのスーツに、真理のドレスに合わせたスモーキーピンクのシャツにレジメンタルタイをしている。

キリッとした男らしい着こなしの中に、彼の赤毛と瞳の琥珀がシャツのピンクと相性良く映えている。


ただ真理が気づいた通り、スーツの胸ポケットにあるべき装飾がない。

「大変、取ってこないと」と立ち上がりかけた真理の腕をアレックスは掴んだ。


迷って、迷って・・・ずっと迷って自分の中で賭けをした。

彼女が、ポケットチーフに気づいてくれたらと・・・ 。


アレックスはスッと軽く息を吸うと緊張を押し殺して、言った。


「ポケットチーフはここにある」


スーツの内ポケットから、ピンクのハンカチを取り出すと彼女に差し出した。

指が震えなかった自分を褒めたい。


真理は「良かった」と安心したように言いつつも、アレックスの様子を訝しげに見ながら、それを受け取った。


ポケットチーフ用に折ろうと、それを広げてハッとする。


角に小花が刺繍された、何の変哲も無いハンカチ。そして似つかわしくないどす黒い染み。


「・・・アレク・・・これ・・・」


彼女の声が震えて、アレックスは湧き上がる喜びを抑えながら、ハンカチごと彼女の手を自分のそれで包み込んだ。


真理の瞳を覗き込みながら・・・そこに確かに自分が映っているのを確認しながら口を開いた。


「一年半前、俺はヘルムナート高原で前線本部の隠れ蓑に使ってた野戦病院にいた時に、ガンバレン国に襲撃された」


真理の瞳が赤くなり、少し潤み始める。


「地元民の密告で不意打ちをくらい防戦一方の危険な状況だった。俺は部下たちを地下通路から逃がすため、囮として表に飛び出した。敵の目を引きつけ、攻撃して相手を撹乱、絶対に見つからないパンパスグラスの地下壕を目指した」


ふっと息を吐いて、彼女を見れば目に涙を溜めたままアレックスの言葉を待っている。


「逃げ切れる、そう思った瞬間、俺は運悪く盲滅法に飛び込んできた兵士に刺された・・・止血しながらなんとか塹壕に逃げ込んだが、腕時計は故障してGPSも無線も使えない・・・」


真理は何も言わない。


「軍は周辺状況を探るのに、必ず24時間開ける。だから、俺は生死不明となった」


アレックスはグッと息を吸うと、続けた。


「意識が遠のく中、覚えているのは・・・俺に触れる優しい手、水と薬を与えてくれた柔らかい唇・・・そして・・・塹壕の泥臭い中で匂った」


アレックスの頬を温かいものが伝う。


「・・・オレンジの香り」


堪えきれずに、彼女を抱き寄せるとアレックスは感極まったまま囁いた。


「君だろう?俺の命を助けてくれた聖母マドンナは」


瞳を覗き込めば、涙混じりに彼女は微笑んでいて・・・ゆっくりと頷いた。


ギュッと抱きしめる。愛しくて愛しくて・・・。


「ああっ!やっと・・・。ハロルドを知った瞬間に、きっとそうだろうと思って・・・勉強会で君に会って確信した」


顔を上げて言いたかった言葉を口にする。


「俺を助けてくれて・・・ありがとう」


感謝の言葉は震えていて、でも真理はこの言葉にアレックスの頬を柔らかく撫でながら、笑顔を浮かべた。


彼女の瞳を見つめながら問う。


「君は・・・いつから気づいてた?」


なんとなく、ずっと彼女は気づいているような気がしていた。


真理はアレックスの目尻を拭うと、一瞬迷ったような顔をしたが、すぐに笑むと答えた。


「ヘルストン・パレス・コート・フェスティバルで」


彼女の答えに「そんなに前から?」と瞠目すると、真理は躊躇いながら傍のバッグからスマートフォンを出し画面を開くとアレックスに差し出した。


一枚の写真。

闇の中、懐中電灯の仄かな明かりの下で眼を瞑り穏やかな顔をした男が写っている。


「これ・・・俺か・・・?」


はにかんだような笑顔で「ええ」と頷くと、彼女は続けた。


「フェスティバルで貴方を膝枕した時に気づいたの・・・塹壕で迎えが来るまでの数時間、私は兵士の頭を膝に乗せていたから・・・既視感があって・・・それに気づいてから、色々なことがぴたりと嵌って・・・貴方だったんだと確信した」


ステージでは本番まであと僅かの号令がかかってる。ビクトルが挨拶に来たが、二人が真剣な顔で話してるのを察して戻って行った。


「どうして、言ってくれなかった?」


責めるような言い方になってしまい、すこし後悔する。真理はますます困ったような顔をするが、諦めたように答えた。


「貴方が気づいてるかどうかは確信がなかったから・・・あの勉強会がハロルドなのか兵士の救助をした人間を探しているのか、どちらを目的にしていたのかは、ずっと分からなかった。ずっとどっちなんだろう、と迷ってしまって。

それに・・・なによりも名乗り出ることで、アレクの私への気持ちが恩義から来るものになってしまうのが、怖かった・・・」


その答えにアレックスは真理をキツく抱きしめると「ごめん」と言った。


「俺は言いたくて言いたくて、でも言えなかった。・・・怖かったんだ・・・俺の気持ちが、君への愛が・・・君に命の恩人への感謝だと思われるのが嫌だった・・・」


真理はアレックスの言葉に、ふふふと笑った。


「私達、同じ事を怖がっていたのね」


その笑みに見惚れながら「ああ、そうだな」とアレックスもやっと笑う。


二人顔を見合わせて、どちらからともなくふわりと唇を重ねた。


その瞬間、全身に温かい感情が満ち溢れてきて・・・何ものにも変えられない最愛の女性・・・自分の聖母マドンナを得られた奇跡にアレックスは感謝した。


「うひょっ!殿下っ!本番、始まってるっすよ!!チューしてる場合じゃないっすよ!!ビクトルが呼んでるっす!!」


モニターで観ていたのだろうクロードが、慌てて二人の様子を見にくると、驚いて叫んだ。


その言葉にアレックスと真理はハッとして唇を離した。

真理が大変!!と顔を赤くし、アレックスは楽しくてくつくつ笑う。


ステージを見ればビクトルが、王子が婚約者とイチャついて出てこない、すごい放送事故だと大喜びで喋ってる。


王子は真理の目元を指で拭うと立ち上がり、彼女の手からハンカチを取ると、胸ポケットに少々乱雑に差し込んだ。


そして大切な婚約者の手を握ると満面の笑顔を見せて言ったのだ。


「遅刻だけど、大丈夫だろ。さあ、行こうか」


その言葉にクスリと笑い、真理も鮮やかに微笑むと「はい」と言って立ち上がった。


指を絡め合わせて手を繋ぎ、万雷の拍手の中、二人でステージに出て行く。


アレックスと真理の未来は始まったばかりだ。









恋人は戦場の聖母(マドンナ)—完—

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