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恋人は戦場の聖母 〜王子の全力溺愛物語〜  作者: 嘉多山 瑞菜
最終章 きみを死なせない
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ヘンドリックは厳しい表情で、警官を伴ったテッドとこのクラブの支配人と思しき男と話している。


会場からは招かれたゲスト達の姿は既に無く、従業員達が、厨房のシェフからソムリエ、バーテンダー、ウェイターにウェイトレス、それこそ掃除人に店が雇っているボディーガードまで集められていた。


当然ながら、誰もが不安そうな顔をしている。

ヘンドリックの言葉を受けて、幾人かの従業員は会場の外に出されていった。


それまで真理を抱き寄せ、その様を見守っていたアレックスが「俺も行ってくる、君はここに居てくれ」と、真理の腰から手を離した。


「・・・なにを?」


不安に揺らめいた顔の真理に宥めるように、頬をそっと撫でると彼は決然として表情で言った。


「変装していても・・・俺はあの女の顔が分かるはずだ。だから見つけてくる」


そう言うと、ティナに真理の肩を預けて、アレックスはクロードと共に従業員達が集められた場所へと行った。


アレックスが警官とクロードと一緒に、そこに居並ぶ従業員達の顔を一人一人確認し始めた時、それは急に発せられた。


「クッ!ふははははっ!あーあーーーー!!」


シンとした会場内に似つかわしくない、耳触りに響く甲高い笑い声。


そして、ゆっくりと一人の給仕の男が、従業員達の間から出てきた。

短髪のウイッグを脱ぎ捨てると、固めていたらしい自分の髪を手櫛でパサパサとゆるめている。


「まったく、どいつもこいつも役に立たない男ばかり、女一人殺れないなんて・・・わたくしが殺せば良かった」


やれやれと言ったような表情でそう言うと、その男・・・否、女は拳銃を手にしながら、アレックスから2メートル程の所まで出てきた。


真理は息を飲んでその様子を見つめていた。

男に変装していたことは、まだ想定内としても

侯爵家の優秀なナニーだった女性が拳銃をちらつかせながら、この国の第二王子の前にいることが信じられない。


彼女の強い狂気を感じる。


アレックスを庇いに行きたいが、ティナに腕を抑えられていて動けないし、この緊迫した状況で自分が飛び込んでいってアレックスが襲われてもいけないと、葛藤する。


「・・・久しぶりだな、マダム・ウエスト・・・」


自分を取り囲む警官や護衛達を制止しながら、アレックスは対峙するように、その女の前に出た。


マダム・ウエストと呼ばれたその女は、アレックスを見ると、ゆっくりと恭しく膝を引いた。


「クリスティアン殿下、お久しゅうございます。まさか、このような形でお会いするとは、残念にございます」


給仕の姿で繰り広げられる優雅な綺礼に、貴族かのような口調、その禍々しさに真理はゾッとするが、アレックスは落ち着いている。


「私も残念だ、マダム。今までの所業をあなたが仕組んだことは分かっている。君の令嬢からも直々に私に報告があった」


君の令嬢—エステルとソーンディック侯爵家の体面を慮った言い方に、マダム・ウエストはピクリと頬を動かした。


「バレてしまっては仕方ないですね、殿下。ライアーに襲わせたところまでは上手く進んでいると思ったましたが・・・アイツが失敗したばかりに!!」


ギリっと口惜しそうに口元を歪め、唇を噛み締める様は、貞淑なナニーの面影はない。


「お嬢様からバレてしまうとは・・・私も詰めがあもうございましたわね」


アレックスは静かな口調で訊ねる。


「どうして、こんな事をした?」


どうして?と彼女は首を傾げると、まぁおかしなことをお聞きになる、と笑った次の瞬間。


「グレート・ドルトン王国の妃に相応しいのは、我がお嬢様だけよっ!!それなのに、あんなドルトン人でもない汚らしい血を王族に混ぜるなんて・・・ああ、穢らわしい!!おぞましい!!」


ヒステリックに吐き出された言葉にアレックスは被りを振った。

マダム・ウエストは昂る感情に任せるまま、次々に唾棄すべき言葉を吐く。


「そんな女のどこに妃としての価値がある!!下等な有色人種に!!許せないっ!!!!だから消してやろうと思ったのにっ!!!!!」


ギリっとまた歯噛みしながら顔を醜悪に歪めると、握った拳銃を振り回す。


ひぃっ、と動けずにいた周囲の人間が後ずさった。


アレックスは護衛やテッドが止めるのも構わず、怒りに顔を赤くして、また一歩前に出た。


「そんなひとりよがりな理由で、貴様は彼女を襲って、殺そうとしたのか!?そんな身勝手な理由でかっ!?」


王子の怒声にマダム・ウエストは血走った眼でヒステリックにしゃくりあげると、今度は拳銃を真っ直ぐにアレックスに向けた。


「そうよっ!!あんな穢らわしい女さえいなければ!!私のお嬢様が王族になったのに!!」


もう、彼女は壊れている。

真理はただただ驚いて、マダム・ウエストの妄言を聞いていた。


憐れだと感じた。


王族と貴族という価値観にしがみつくしかできないこの女性が・・・そんなものを尊び、縛られることに喜びを感じているマダム・ウエストがひどく哀しく滑稽に見える。


刻が止まったかのように、誰もが動かない。

その中で、妄執に取り憑かれた女は狂信じみた目つきを、うっとりとしたようなものに変えると今度はブツブツと呟く。


「私の可愛い可愛いお嬢様。・・・愛らしく・・・純真で・・・貞淑で・・・無垢で、天使のようなお嬢様・・・貴女はこの国のお姫様ですよ・・・クリスティアン殿下に相応しいのはあなた様ですよ・・・」


アレックスはもう自分を見てもいない女を、怒りを孕んだ目で睨め付けると、きっぱりと言う。


「我が未来の妃を侮辱することは許さない。私は、貴様が育てた女を妃に迎えたりしない、永遠にな!自分の妻は自分で選ぶ」


その言葉を聞いた瞬間、それまでひひひっと狂ったように笑っては、口の中で妄言をブツブツと繰り返していたマダム・ウエストはすっと表情を静かなものに変えた。


ゆっくりと顔を上げ、それまでとはうってかわった普段と変わらないであろう表情で・・・それこそ教師のような毅然とした顔でアレックスを真っ直ぐに見つめた。


ジリジリと自分に近づいてくる警官や護衛達を牽制するように拳銃をぐるりと周囲に向けると、また銃口を真っ直ぐに王子に向け、ゆっくりと口を開いた。


「それは残念にございます、クリスティアン殿下・・・貴方様にはほとほと失望致しました」


彼女はすぅと息を静かに吸うと、言葉を継いだ。


「なればお別れでございます、ごきげんよう。クリスティアン殿下」


彼女の瞳に強い力が宿ったのを見た瞬間、真理はティナの手を振り切って、アレックスへと駆け出した


「アレクっ!!!!!ダメっ!!!!!逃げてっ!!!!!」


マダム・ウエストの引き金にかかった指に力が入ったのが目に入って、アレックスを押し倒そうとした刹那・・・。


ぱんっ!!


その音は静まり返った室内で、シャンパンの栓が弾ける時のように、とても軽やかに鳴り響いた。


「いやあぁぁぁっーーーーーー!!!!!」


真理の悲鳴が、フロアーに木霊する。


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