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恋人は戦場の聖母 〜王子の全力溺愛物語〜  作者: 嘉多山 瑞菜
最終章 きみを死なせない
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案内された部屋に入った二人の姿を認めた瞬間、その部屋の主は歓声を上げた。


「ティナ!!ミリー!!」


抱いていた赤子をベッドに戻すと駆け寄ってきて、ティナと真理にかわるがわる抱きつきチークキスをする。


涙ぐみながら、顔を3人で見合わせて、笑い合う。


「タマリナ、元気そうで良かった!」


真理がそう言うと、ザルティマイ難民キャンプで一緒に人質となった妊婦のタマリナは弾けるような笑顔を見せた。


「はい!救出された後、最初の2週間は治療のため、別の病院に入ったのですが、出産からは政府の計らいでこの病院にお世話になってます」


ニコニコしながら言うと、ティナを見て涙を零した。


「ティナが無事で本当に良かったです。解放された時、ティナは行方が分からなかったから・・・」


ティナは申し訳なさそうな顔をすると、タマリナをハグして「心配かけてごめんなさい」と言った。


彼女はあの時、特殊部隊と合流して倒した見張りの捕縛と周辺の警備に当たっていたが、タマリナに言うことは出来ない。


「外にトイレに出たところで、味方の軍の人達に会って、タマリナ達より先に保護されていたの」と言えば、タマリナは嬉しそうに良かった、とまた言った。


タマリナが出産したと、難民キャンプのスタッフから連絡があったのは5日前だ。

無事な出産とのことで、いてもたってもいられず、ティナと一緒にウクィーナ国へやって来た。


「赤ちゃんを紹介して」と真理が強請ると、タマリナは柔らかい笑顔を浮かべて、ベッドへ2人をいざなった。


「うわー!可愛い!!」


覗き込むと、ぷくぷくとした頬っぺたの愛らしい赤ちゃんが眠っている。


産まれた赤子は天使だと言うが、本当にそうだと真理は思う。

閉じた瞼にはもう長い睫毛があり、小さな愛らしい鼻にぷるぷるの唇。

時折もぞもぞ動く手足も爪もとてもとても小さくて可愛らしい。


「無事に産まれてくれて、本当に良かった」


ほぅと安堵の息と共に言うと、ティナも本当に、と頷く。


「タマリナは良く頑張ったね」とティナが褒めるとタマリナは目を潤ませながらいいえ、と言った。


「ティナやミリー、キャンプのスタッフの皆さんが、この子の命を守ってくださったからです。だからあの過酷な時間を乗り越えて産むことができました。皆さんのお陰です」


その言葉に2人は違う、と頭を左右に振る。

誰もが気が狂ってもおかしくないほどの極限状態。自分の命を守ることさえも厳しい状況で、タマリナは必死に宿った命を守った。


お腹の子のために、僅かな食事をどんなに不味くても、しっかりと食べ、きちんと眠り、そして身体を動かすことを、人質であった中でも気丈に続けた。

タマリナの強い意志が無ければ、助からなかっただろう。


ふぇーふぇーとむずかり始めた赤ちゃんを抱き上げ、あやしながら話すタマリナのその姿はもう母親だ。


真理は眩しい思いで親子を見つめながら言った。


「失われた命がたくさんある中で、どんなに過酷な環境でも新しい命は産まれてくる。お母さんって偉大だし、希望を感じるわ」


その言葉にティナも同意するように頷く。


「そうですね、戦争の最中だったから、余計に救いを感じます」


タマリナは嬉しそうに、微笑んだ。


「あの時は主人とはぐれて絶望感で一杯でしたが、この子がいたから頑張れました」


「そうよね・・・ご主人は?」


真理はおずおずと聞き辛いと思いながらも尋ねた。

タマリナはガンバレン国に住んでる街を襲撃され、逃げる途中で夫とはぐれた。

ザルティマイ難民キャンプに入った時は、夫は生死不明だと聞いていたからだ。


真理の問いに、タマリナは鮮やかに破顔した。


「夫は生きてました!!離れ離れになった後、自力で別の難民キャンプに辿り着いていたんです!」


「そう!よかった!」


2人でそう喜ぶと、はいと嬉しそうにタマリナは答えて、本当に、本当に何でもないことのように付け加えた。


「逃げる途中、ガンバレン国の兵士に右脚を撃たれて、弾の摘出は出来たそうですが神経の損傷があって麻痺が残るそうです」


話の内容よりもタマリナの笑顔に真理もティナも声を失った。


それは大変だった、命が助かって良かった、そうありきたりなこと言うのは簡単だ。

でもタマリナの表情を見てかける言葉はそうではないと感じる。


彼女は晴れ晴れとした笑顔で言ったのだ。


「麻痺なんてどうでも良いんです。夫は・・・彼は生きていてくれました!」


真理もティナもその言葉の力強さに胸が熱くなる。タマリナは穏やかな表情で続けた。


「夫はもう私達が死んだと思っていたそうで・・・自分も死ぬ事を考えていたそうです。でも・・・ザルティマイ難民キャンプ占拠のニュースを見て、私達が無事だと知って、解放されてすぐに動かない脚を引きずって病院に会いに来てくれました」


ティナが頬を緩めて「退院が楽しみね」と言うと、タマリナは嬉しそうに、はい、と答える。


「退院したら国が用意してくれた支援住宅で、一緒に暮らすんです!」


タマリナはそう言うと、嬉しそうに胸元の赤子を愛しそうに頬ずりした。


全てを失い、そして命を得て今がある。


いつも戦地で胸を突かれるのは、そこに生きる人の逞しさだ。

戦争は狂気でしかないが、その恐怖に犠牲を強いられても、力強く生きていく人がいる。


真理はタマリナを赤ちゃんごと抱きしめた。


「タマリナの強さを私は一生、尊敬する」


彼女はくすくすと笑いなら「ミリー、大げさです」と言うが、真理はその言葉を苦笑することで否定した。


ふいに撮りたい気持ちが沸き上がり、真理は持っていたカメラをタマリナに見せる。


「タマリナと赤ちゃんを撮っても良い?」


タマリナは照れたような顔をするが、はい、とおおらかに了承してくれた。彼女は真理が報道カメラマンである事を知っていたからだ。


「ちょっと恥ずかしいです」


そう言いながら、赤ちゃんと一緒にカメラを見つめる微笑に、真理はグッと込み上げるものを感じた。


人は尊く強い、なんて素晴らしいことだろう。


まだ、自分はあの戦争の本質が見えていない。

でも、今ここに、戦禍を乗り越えた命の営みが確かにある。


何枚かシャッターを切ると、真理はひたひたと喜びが胸の中をいっぱいにするのを感じていた。


にこやかに赤子をあやす母親を見つめて、改めて実感する。


「母親って偉大ね」


真理のその言葉を聞いて、タマリナが茶目っ気たっぷりの顔をして言った。


「ミリーもすぐじゃないですか?ステキな王子様とのラブシーン、映画みたいでドキドキしました」


「えっ!?タマリナもあれを見たの?」


思いがけずタマリナからアレックスのことを突っ込まれて、真理は大きな声でたずねて顔を赤くする。


その様子にタマリナは朗らかに笑い、赤子はびぇーんと泣き出した。


「見ました!王子様とのキスなんて、ドラマティックでビックリしました!馴れ初め教えてください!」


瞳をキラキラしながら迫るタマリナの勢いに真理は押され、ティナは苦笑する。


陽射しが差し込む明るい部屋では面会時間が終わるまで賑やかな笑い声が響いていた。

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