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恋人は戦場の聖母 〜王子の全力溺愛物語〜  作者: 嘉多山 瑞菜
第12章 育った妄執と覚悟
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美しく盛られたホタテと鯛のカルパッチョをアレックスが器用に皿に取り分けてくれる。


それに、ありがとうと答えてフォークを取ると、アレックスがこちらの表情を伺うような眼をしてる。


その琥珀色の眼に心配と不安が入り混じっていて、真理は微笑んだ。


「アレク、私は平気よ」


そう言うと、王子は眉根に皺を寄せた。


「無理するな、怖いさ、誰だって・・・それにショックだと思う」


どこまでも心配する言葉に真理はやんわりと被りを振った。


あの後、号泣するエステルを彼女の兄・・・ソーンディック侯爵家の嫡男であるトーマス氏が迎えに来た。

父に口を噤むように言われて、途方にくれたエステルは兄に相談をした。

トーマスは打算と狡猾に塗れた父親に比べ、とても良く現実を見て常識を知っているらしい。

そして、アレックスと同じ寄宿学校で育った学友であることから、王室に従順だ。


すぐに「当家が王室に害をなすなど、とんでもない」と言って、アレックスに全てを話すように言ったそうだ。

そして、今日の面会も付いていたかったらしいが、エステルが自分一人で話すと言うことで、外で待っていたと聞いた。


真理はカルパッチョを口に入れる。爽やかなレモンとビネガー、そして胡椒が効いていて、とても美味しい。


「狙われること自体は怖くない。ただ、こんなにも自分の存在が憎まれることを、ちゃんと考えてなかった、と思って」


そう言うと、途端にアレックスは青褪める。真理は言葉が足りなかったと、慌てて付け足した。


「今までは取材の中で遭う危険だったから、私個人を知って狙われることは少なかった。 せいぜい、強盗かレイプが目的だったから。

アレク達が、王族がどれだけの危険にいつも囲まれているのかと言うことが、やっと実感できたと言うか・・・こう言うことが実際にあるんだなぁと思って、驚いたの」


慣れないとね、と笑って見せると、アレックスはますます苦虫を噛み潰したような顔をする。


「こういう危険に慣れる必要なんて無い。君が勇敢なのは知ってるが、それでも人間の欲望に絡んだ奸計は、時として戦争よりも残酷で手に負えないことがある。戦地とは様相が異なる危険なんだ、だから油断できない」


そう言って、イラついたように赤ワインをグッと飲み干した。


「でもこれで、君に危害を与えようとしている黒幕も動機もはっきりした。だから打てる手は全部打つ、絶対に君を襲わせたりしない」


既にクロードは対策をするべく王宮に戻っていった。


真理はアレックスの言葉に微笑むと、気になっていたことを尋ねた。


「マダム・ウエストはどんな人物なの?」


アレックスは記憶を探るように考え込むと、少しづつ話し出した。


「優秀なナニーであったことは確かだが、俺からすると古臭く感じた。これはトーマスから聞いた話だが、トーマスとエスターの母親は貴族令嬢だったせいか、育児に興味がなかったようで、全てナニー任せだったそうだ」


「そうなの・・・」


幼い頃は日本で育ち、普通に両親に愛されて育った真理からすると、母親が育児に参加しない、というのは理解しにくい。


「その代わり、エスターに付いたマダム・ウエストは彼女を溺愛して甘やかしていた。彼女がエスターを俺の妃にしたいと本気で思っていたことは俺も知っていた。とにかく小さい頃からやれお茶会だ、ダンスだ、ボート遊びだと、二人でいることを強制されたからな」


憮然とした顔で言う。


「エスターは彼女の影響をもろに受けてた。昔ながらの淑女教育?っていうか、前にも言ったが18世紀のお妃教育みたいなのをやらされてたみたいで、お互い思春期を迎える頃には会話が噛み合わなくなった。価値観がずれまくってた」


そこまで話して、自らワインを注いで一口飲むと、これ美味いな、と言って嬉しそうな顔をする。

真理もメインの牛頰肉の赤ワイン煮込みを口にする。蕩けるような美味しさに笑い返した。


「ただでさえ、俺は王室の中では王族らしくない。それは母のおかげだったと思う。国民と多く触れ合い、一般的な感覚であるように育ったから。だからエスターのことは全く理解できなかった」


真理は亡くなったアレックスの母親、王妃のことを思い出す。


彼女はとても美しく優しい慈愛溢れる王妃で、国民から人気だった。チャリティ活動に熱心で、特に幼かったアレックスと兄の王太子を連れて、何度も難民キャンプを訪れていたのは有名だ。

アレックスはその母の影響を受けて軍人になったと言われている。


王妃はアレックスが14歳の時に、難病で闘病の甲斐なく早逝した。その時のグレート・ドルトン王国は聡明な王妃の死に3ヶ月喪に服し悲しみにくれたのだ。


そのことを思い出して、真理はほおっとため息をついた。真理の母も王妃と同じ病で亡くなっている。


だから、とアレックスは続けて、ハッと意識を戻した。


「俺はエスターはソーンディック侯爵家の中でも、父親に次いで、恐ろしく利己的で残酷な人間だと思ってる。自分以外を見下すし、自分に楯突く人間に害が及んで当然だと思ってる。本人に自覚がないから、余計に性質が悪い。マダム・ウエストの子育ての結果さ」


お洒落で美味しい料理を2人でレストランで食べるのは、久し振りだ。こんな所でも日常が戻って来つつあることを実感するが、話してる内容はえげつない。


「高校からは寄宿学校だから、会う回数が減って俺はホッとした。それにその頃には俺はエステルに結婚相手は自分で決める、お前なんて好きになれないって、言ったんだ。そうしたらマダム・ウエストがカンカンになって王室府に抗議してきた。乙女の心を傷つけるなんて何事か、とな」


唇の端をあげた皮肉めいた笑いを浮かべて、王子は続ける。


「父上からやんわりと注意され、テッドからは盛大に小言を食らって、それ以来俺は、マダム・ウエストが苦手になった。彼女が本気で俺にエスターを押し付けようとしてるのが、あの頃の自分でも理解できたからな。なので極力会わないようにしていた」


「そうだったのね・・・」


すまなさそうな顔をするアレックスに真理は頷いた。


「すまない、真理」


謝るアレックスに真理はフォークを置くと、テーブル越しに彼の手の甲を握りしめた。


「別にあなたのせいじゃない」


彼はその言葉にキュッと唇を噛み締めると、握られた手をくるっと返して指を絡めた。


「俺はすごく後悔している。彼女の本気は俺が無視すればいつか諦めるだろうって甘く考えていたことを。ごく私的な面倒ごとから逃げていた。そのせいでマダム・ウエストの妄執をここまで育ててしまい、それに気づけなかったことに。彼女は君を消せばエスターが俺の妃になれるといまだに信じている、だからこそ危ない」


もう一度、すまない、と苦しげに言うアレックスに真理は大丈夫と答えた。


「人が何を思い、どのように行動するかなんて、神様でもわからないわ。だからアレクに謝って欲しくない」


真理の言葉にアレックスは目元を緩めた。


「君にはほんとに敵わないな」


絡められた指を取られて、甘く手の甲にキスされる。真理は顔を赤くしながら、続けた。


「エステル様に感謝しないと。あの方のお陰で全てがわかったのだから」


「!?はぁっ!?何言って!?」


仰天したようなアレックスにクスッとする。


「母親のように慕い、信頼してた人の不正な行為を知るだけでもショックでしょうに、それをちゃんと貴方に言ってきた・・・勇気があって正直な方だわ」



真理にはエステルが、それこそ映画やドラマで観るような年相応の純粋に育った貴族令嬢にしか思えない。

そういう意味では、とても羨ましく思える。自分にはない女性らしい感情や感性があるのだと感じるからだ。


そう言うと王子はふんっと憤った。


「君は前もそうだったけど、エスターへの評価が甘い。あれはエスターの涙付きパフォーマンスさ。自分は悪くないっていう保身のアピールだ。アイツのせいで俺たちは振り回されたり、酷い目にあったりしてるのに。感謝したり褒めたり・・・頼むからやめてくれ」


心底嫌そうな子供染みた王子の言葉に、また真理は笑ってしまったが、存外、侯爵家の令嬢は強かなのかもしれないと思ったのも事実だ。

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