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恋人は戦場の聖母 〜王子の全力溺愛物語〜  作者: 嘉多山 瑞菜
第11章 顚末と甘やかな関係
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結果から言うと、アレックスの希望は一刀両断され、真理の望みは叶った。


約半年振りに、自宅に戻ってさすがにホッとする。

真理の部屋はヘルストン市内のはずれにあるアパートメントだ。

父と二人で暮らした2LDKの小さな部屋だが、グレート・ドルトンに来てからは、いつでも自分の日常はここにあった。


テレビを点けると、帰国後、初の公務となったアレックスが写っていて、思わず荷物を整理する手を止めて見入る。


ウィリアム卿と一緒に、ウクィーナ共和国属国解放戦争とそれに付随して起きたザルティマイ難民キャンプ占拠について陸軍代表として議会で報告しているようだ。


なんとなく不機嫌そうな顰めっ面な王子に真理は思わず笑ってしまう。


一度、自宅に戻りたいと言った時、もちろんアレックスは猛反対だった。

それなら私邸に一緒に戻ろうと懇願されたが、そこは側近達が許さなかった。


今の私邸はパパラッチに「王子の私邸に女がいる」ことをすっぱ抜かれた時以上の数のメディアが連日ひしめき合っている。

誰もが、解放された日に王子が熱烈に口づけた恋人・・・しかも残酷にも人質になっていた女性、軍神の恋人に相応しく戦場を取材するジャーナリストの素性と馴れ初めを知りたがって必死なのだ。


多国籍軍にも難民キャンプを運営する団体にも徹底して箝口令を敷いたから、真理の素性はまだ表には出てない。


王室府は、恋人の状況を慮って、取材は自重するように、となんども警告を出しているが、収まる様子がない。


そんな状態の私邸に、真理は戻せないと優秀な側近達は王子を黙らせ、そして良く良く考えれば、真理の自宅は、今の所メディアには知られていない。戻るにはうってつけじゃないか、と言う結論に至った。

幸いにも真理の肋骨の最期の一本も完治が近く日常生活に支障はない。


真理的には一応遠慮したのだが、帰るまでにセキュリティは入れられていて民間の護衛も付いてるようだ。


「片付けは大丈夫ですか?」


ティナが民間の護衛との打ち合わせを終え、部屋に入ってきた。


「ええ、大丈夫」


真理はティナに笑って答えると、紅茶を淹れようとキッチンに立った。


アレックスは自宅に戻ることの条件として、ティナを付けることを真理に懇願した。

彼女は当面、日中は側に付き、夜は民間の護衛が警護すると聞かされた。

ティナが近衛の軍人であることを知った以上、気後れはかなりするが、断ることはもう出来なかった。


ティナは視線をテレビに移すと苦笑した。

「ああ、軍の議会報告ですね。クリス殿下もさすがに出ましたね」


「ふふっ、あんなに抵抗してたけどね」


ロイヤル・ドルトン王国陸軍の軍人として、アレックスは今まで表舞台に出ることはなかった。

ほとんどがウィリアム卿かその側近達が担っていたのだ。


だが今回の戦争からアレックスは王子としてではなく陸軍中将としてウィリアム卿に帯同することが増えている。


ダイニングテーブルにティナの紅茶を置いて、座るように勧めると自分も腰掛けてカップを手に取りテレビを見る。


彼はウィリアム卿と一緒に質疑応答に答えている。かなり突っ込んだ質問にも淀みなく答えている様は見事だ。

シュナイド砂漠でのあの会見も好評価だったな、と思い出す。


戦争や軍備不支持の議員もいる中で、王族が軍人として議会に立つのは物議をかもす。それでもアレックスは軍人であることを誇りとし、国民から逃げずにその姿勢を見せる。


王子として国民に見せる笑顔の中に、強気な不遜な態度の中に、彼はとても繊細な弱い心を隠しているのに。


自分の行動でどれだけの人間に犠牲を強いるのかに怯え、時に人の命に手をかける罪に恐れ、神に謝り続け、いつだって自分が正しいのか間違っているのかを自問し続ける。


そんな彼がとても好きだと気付いてしまったのはいつからだろう。


国民を思う王子の姿に憧れと尊敬の念を持って・・・

陽気で優しくてオシャレでエスコート上手な王子に惹かれて・・・

強引だけど真っ直ぐに気持ちを伝えてくれる彼に恋に落ち・・・

そして彼の中の弱さに愛を覚えた。


一度、自宅に戻りたいと願ったのは自分の気持ちを少し落ち着かせるためだ。

取材に入って戦争が始まって、難民キャンプ占拠に巻き込まれて、お姫様のように離宮で彼と過ごして・・・。

ずっと夢の中にいるような現実感のない時間を漂っているような気がして仕方がなかった。


だから怒涛のような変化に少し落ち着こうと・・・ひとときでもアレックスから離れてみるのも今は必要かもしれない、そう思ったのだ。


それなのに・・・まだ3日しか経っていないのに・・・テレビで彼を見るだけで、恋しくて胸が苦しくなってしまう。

戦地にいた時よりも、人質になっていた時よりも、もっともっと寂しく恋しくなるなんて・・・。


「やだ」


思わず出た真理の呟きに、ティナが首を傾げた。


あ、と顔がみるみる赤くなっていって、なんて言おうと思った時、テレビから遠慮のない質問が出た。


「時に、クリスティアン殿下」


グレート・ドルトン王国 労働党党首で現首相のドリス・ハリソンは質疑応答の最後に真顔でいきなり尋ねた。


この首相は新聞記者出身だ。都合の悪いことは政治家らしく口を噤むが、知りたいことはズケズケ質問する。


アレックスはなんだ?と言うように片眉をあげてハリソン首相を見る。


「最後にこの質問というかお願いを、国民を代表してすることをお許し頂きたい」


大げさに両手を広げたジェスチャーで話し出した首相に真理は内容がなんとなく分かってドキドキし出した。

アレックスもそうなのだろう、静かな顔つきで議会長を一度見てから「ああ、許す」と答えた。


ドリス・ハリソンは嬉々とした顔をする。


「クリスティアン殿下の恋人がザルティマイ難民キャンプ占拠に巻き込まれ、人質になられ、怪我をされたことは私を始めここにいる議員一同、そしてもちろん国民からも深くお見舞い申し上げるとともに、一日も早い快復を心からお祈り申し上げます」


アレックスが「ありがとう」と静かに返すと、彼は続けた。


「解放直後の生放送でのご様子に、殿下の深い愛情を我々は拝見致し、感銘を受けました。王室府からのコメントも理解しておりますが、そろそろ、そろそろ、お相手の女性をご紹介頂けませんでしょうか。我々は殿下の恋人がどんなお方で、どのような理由で戦地におられたのかも非常に興味があります」


アレックスは憮然とした顔を崩さない。

真理はなんだかハラハラしてしまう。


クロードの言い方を借りれば、ドルトン国民が軍神とベロチューした恋人の正体と今後の展開を期待しまくっている。


「歴代王族の慶事につきましては、議会の承認から始まり、全てのセレモニーが万事恙なく出来るよう歴代の首相が王室府とともに名誉ある役割の一端を担わせて頂いておりました。ぜひクリスティアン殿下の慶事におかれましては、その栄誉を私めと本議会にお任せ頂きたいと強くこの場にてお願い申し上げます」


わー、と場内の議員達が拍手をするとアレックスは困ったような微苦笑をする。隣のウィリアム卿は無表情だ。


ハリソン首相は達成感を持ったような笑顔で拍手を静めるとアレックスが何を答えるかと待ち構えている。


真理は思わず、そこでテレビの電源を切った。

なんというか、もう聞いてられない。

恥ずかしすぎる。

ティナが驚いたような顔で「聞かなくて良いんですか?」と訊ねる。


真理は顔を赤くしたままかろうじて頷くと

「殿下から伺うわ」と答えてから火照った額に手をやって天井を仰ぎ見た。


また呟いたのは「やだ」という言葉。


第11章 完

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